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画家の夢
2部分:第二章
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第二章

「オペラをな」
「ああ、そういえばワーグナーをやっていたね、今」
「ローエングリンがね」
 上演されている作品まで言う。ワーグナーの有名なロマン派の歌劇である。
「それを観ないか?」
「君は相変わらずワーグナーが好きなんだな」
「そうさ、大好きさ」
 彼もそれを否定しなかった。
「だから。観よう」
「わかったよ。お金が入ったらね」
「うん、そうしよう」
 言いながらだった。彼がそれまで寝ていたソファーの側にあるテーブルの上のチョコレートを一つ取ってそれを口の中に入れる。気付くと新聞もあった。
 新聞の一面を見てだった。彼はまた言った。
「そういえば我がドイツだけれど」
「ああ、あれか」
「凄いことになってきたね」
 楽しそうな言葉だった。
「本当にね」
「カルル=デーニッツだったね」
「彼はやるよ」
 チョコレートを食べながらの言葉だった。
「絶対にね。上手くやってくれるよ」
「アドルフは前からデーニッツを買ってるんだな」
「ドイツの為に絶対に大きなことをしてくれる」
 彼は言い切ってみせた。
「我がドイツの為にね」
「オーストリアから来た君の目から見てもか」
「そうさ。僕にはわかるんだ」
 その目の光は異様なまでに鋭かった。まるで魔界の住人の如く。
「彼がドイツを救ってくれることがね」
「海軍から政界に入って」
「そして今ドイツは立ち上がった、完全にね」
 見れば新聞にはオリンピックに関することが書かれていた。今ドイツの首都ベルリンにおいて華やかなオリンピックが開かれているのである。
「あの地獄の様な闇が取り払われてね」
「そして君はその光を描くのかな」
「そうしようか」
 彼はルートヴィヒの今の言葉に楽しげに笑ってみせた。
「画家としてね」
「それがドイツの天才画家アドルフ=ヒトラーの仕事ってわけか」
「おいおい、よしてくれよ」
 その口髭のある顔を綻ばせての言葉である。そのチョビ髭のおかげで異様なまでに強く鋭い眼光がもたらす顔全体の恐ろしさを幾分か和らげていた。
「僕はしがない画家だよ、ただのね」
「しかし君はあのウィーンの美大を通ったじゃないか」
「たまたまだよ」
 偶然だと謙遜するのだった。
「それはね。さて、そろそろ親父さんが来るかな」
「そうだね。それじゃあその時には」
「お金が入るよ。ワーグナーを観てそれからは」
「どうするんだい?」
「本でも買おうかな」
 こう言うだけだった。
「ニーチェでもね」
「相変わらず本も好きなようだね」
「そうさ。本はいい」
 ヒトラーはまた微笑んで述べた。
「そこにはあらゆるものがあるからね」
「しかも難しい本ばかり読むね」
「読めるよ。好きだからね」
 また言う彼だった。

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