5部分:第五章
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第五章
「名は何というか」
「劉と申します」
彼は名乗った。
「江南の小役人です」
「そうか、劉というのか」
項羽は彼の名があの劉邦と同じなのを聞いた。しかし不思議と今はそれをどうも思わなかった。ただ彼の話を聞くだけであった。
「はい、そうです」
「わかった。実は最初はそのつもりでここに来た」
「最初とは」
「まだ生きるつもりだった。今まではな」
こう劉に告げるのだった。
「ですから早く」
「聞け」
乗るように急かす劉に対してまた言う。
「八年前楚の子弟八千人、そして伯父上と共にこの江を渡って兵を進めた。しかし今残っているのはわしだけだ。他の者は誰もいない」
その時を振り返る。振り返るとそこには寂寥があった。
「例え楚の者達がわしを慕いわしを王にしてくれたとしてもわしは何の面目があって彼等に会えようか。例え彼らがわしに何も言わなくともわしが心に恥じないでいられようか」
「ですが」
「最期にそなたに会えてよかった」
こうも言うのだった。
「だからだ。この馬をやろう」
騅から下りてそれを彼の前に差し出すのだった。
「この馬に乗ってきたがいい馬だ。わしが死んだ後この馬を頼む。いいな」
「その馬をですか」
「そうだ。頼むぞ」
しかし騅は劉のところには向かわなかった。江に向かいその中に入っていく。項羽はその騅を止めようとする。しかしそれを聞かなかったのだ。
「馬鹿な、騅よ」
騅に対して声をかける。しかし聞かないのだ。
「何処に行くんだ。そのままだと」
それでも聞かない。そうして遂に。江の中にその身を沈めたのであった。
「騅・・・・・・どうして逝ったのだ」
項羽はまたしても大切なものを失った。しかしそれもまた彼にとっては受け入れるしかないものであった。そう、彼は受け入れたのであった。
「全てを失っていくか。しかしそれがわしの最期なのだな」
「大王、どうされるのですか」
「後世に伝えておいてくれ」
ひなげしの上で劉を見ながら言うのだった。
「わしの最期の戦いをな。頼んだぞ」
「それが大王の最期の御姿なのですね」
「そうだ。それではな」
項羽はそれを彼に伝える。伝えるとその腰にある剣を抜いた。他の残った者達もそれに続く。その彼等が後ろからやって来た漢軍に立ち向かう。項羽は数百人を倒した後で自ら首を刎ねて死んだ。それが項羽の最期であった。
項羽は何もかもを失い死んだがそれでもその名は永遠にその名を残している。覇王としての名を。その名は劉によって伝えられたのか果たして他の者に伝えられたのかはわからない。しかし名が残っているのは事実だ。虞美人との愛も。司馬遷が書き残した史記においてもその名は残っている。全てを失いながらもその名を残し虞との愛も別れも人の記憶に残した
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