8部分:第八章
[1/3]
[8]前話 [1]次 最後 [2]次話
第八章
「暫く行ってきます」
「あの、神父さん」
少尉は心配する顔で彼に声をかけてきた。
「長崎のことは御存知ですよね」
「ええ」
その返事にも淀みはなかった。
「原子爆弾で跡形もなく消え去って。瓦礫の山になっています」
「その様ですね」
「街中死体で埋め尽くされ、中に入った者は次々と倒れていっています。そこに行かれるのは」
「大尉は最後にこう書かれていました」
必死に止める少尉に対してこう返した。
「あの鐘の音を別の場所で聴きたいと」
「鐘」
「はい」
それが何なのかは少尉にはわからなかった。だが神父にはわかる。それで充分であった。
「ですから長崎に行きます」
「決意されたのですね」
「ええ」
「わかりました」
それならもう言うことはなかった。少尉も認めた。
「それでは御気をつけて」
「はい」
軍人なので敬礼はしない。一礼しただけだ。しかしそれで充分であった。今神父は長崎に向かうことを決意した。あの鐘を探す為に。
長崎は廃墟になっていた。話に聞いていたよりも、予想していたよりも遥かに酷かった。
「これが長崎」
言葉を失ってしまった。そこは廃墟であった。
もう死体は流石に殆ど収められていた。だがまだ死体の残り香がするようであった。そして廃墟をさまよう人々の中には深い傷を持っている者も多かった。やはりあの爆弾のせいであった。
だが彼の決意は変わることはなかった。鐘を探す。そう決意してここに来たのだから。
坂の多い道を進み浦上天主堂に向かう。そこにある筈なのだ。だが。
教会自体がそこにはなかった。そこにあったのは他の場所と同じ廃墟であった。教会の残骸だけがそこにあった。
「これは・・・・・・」
「神にお仕えされる方ですね」
そこにいた一人の年老いた男が神父に声をかけてきた。
「え、ええ」
その声に反応して顔を向ける。見れば彼も傷を負っていた。
「もう教会はないです」
「教会も」
「あの爆弾のことは御聞きしていますよね」
「はい」
こくりと頷いた。それでもここに来たのだから。
「あの爆弾で。教会は完全に壊れてしまいました」
「そしてこうなったのですか」
「ええ、たった一発の爆弾でね」
老人は悲しい声でこう述べた。
「酷いものですよ。アメリカの爆弾で」
「原子爆弾ですよね」
「そう言うんですか。その原子爆弾でですよ」
老人はまた言った。
「教会も街も全部ですよ。人まで消えました」
「人まで」
「本当に消えたんですよ。あっという間に」
「そんな馬鹿な」
「本当ですよ。影だけ残してね」
原子爆弾の光と熱により瞬く間に燃え尽きたのである。後に残ったのは影だけであった。何よりもこの爆弾の恐ろしさを語るものであった。
「何も残
[8]前話 [1]次 最後 [2]次話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2024 肥前のポチ