7部分:第七章
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第七章
「・・・・・・・・・」
だがそれには神主も僧侶も答えられなかった。誰も。神父も黙ってしまった。夏の暑い日だった。境内には蝉の声だけが聞こえる。三人はその蝉の声の中で沈黙していた。もう何も言えなくなってしまっていた。
三人はそれからもう外に出ることはなかった。神父は黙って教会の中で一人沈んでいた。だが終戦から一週間程経った日だった。一人の若い海軍の将校がやって来た。
「あの」
「何か」
神父は礼拝堂に入って来たその将校に顔を向けた。彼は十字架にかけられた主を前にして物思いに沈んでいたのである。
「こちらに神父様がおられると聞いたのですが」
「この教会にいる神父は私だけですが」
神父はそう答えてその若い将校に顔を向けた。
「何か」
「四里本大尉とお知り合いだと御聞きしましたが」
「大尉ですか」
「はい、私は大尉の部下で佐藤といいます」
彼はあらためて敬礼をして名乗った。
「階級は少尉です」
「少尉さんですか」
「はい。実は大尉から託です」
「大尉から」
「すぐに基地にまで来て欲しいとのことです」
「基地に」
「何か深刻な御話の様でしたが」
「何の御用件なのでしょうか」
「私にも詳しいことは」
少尉はそう神父に答えた。
「ですがすぐに来て頂きたいとのことです」
「わかりました」
知った仲である。そこまで言われては行かないわけにもいかなかった。本当は気が塞ぎ込み乗り気ではないがこれもまた神の僕の務めだと思った。そして少尉に案内され大尉の部屋へと向かった。
「静かですね」
「はい」
二人は基地の中を進んでいた。将兵があちこちで動いているが覇気はない。まるで活ける屍の様であった。
「負けてしまいましたから」
少尉は神父の方を振り向かずに言った。
「何も。言えなくなっております」
「左様ですか」
「皆、それを受け入れるのに苦心しています」
「ですね」
「玉音放送の時はまだ。そんなことはないと言う者もいたのですが」
「今は」
「誰も。泣いた者も大勢おりました」
「そうなのですか」
「私もです」
少尉の言葉は血を吐く様であった。
「私も。信じられません」
「そうなのですか」
「日本が負けるなぞ。どうして信じられましょうか」
彼は言った。
「そして今までは英気溢れていたこの佐世保も。沈んでしまい」
「街全体がですね」
「日本全体が。それを見て思い知らされるしかありません」
「日本の敗戦を」
「大尉殿も同じでした」
「あの方も」
「はい。ずっと宙を見られて。何も仰らずに」
「やはりそうなのですか」
「ですが今日になって急に。貴方をこちらに寄越して欲しいと仰られ」
「そして教会まで」
「はい。御足労をおかけします」
「いえ、それはい
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