7部分:第七章
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「ですが大尉」
しかし神父はそんな大尉を咎める気にはなれなかった。
「貴方の御心、確かに受け取りました。日本人としての、海軍軍人としての御心を」
涙が流れるのを止められなかった。国に殉じた者をどうして責められよう。彼はそう思いながら手紙を読んでいた。
そこには最後にこう書かれていた。あの鐘の音は別の場所で聞きたいと。それが何処なのかはわからない。だが彼は軍人ではあったがクリスチャンとしての心も残っていたのだ。自害はしても。
「あの鐘の音を」
その最後の一文は神父の心に残った。
「御聞きになられたのですか。最早長崎もないというのに」
涙が心にまで及んだ。今まで絶望にかられていた自分が情なくさえあった。自害する前にもこう思っていた人がいたのだから。彼はこの時決めた。
「少尉」
そして少尉に顔を向けた。見れば彼も涙を流していた。どうやら大尉は部下にとって非常によい上司であったらしい。
「大尉に神の御加護があらんことを」
まずはこう述べた。
「そして誇りを抱いて殉じられたこの方に祈りを捧げます」
「有り難うございます」
「それから他の方にお伝え下さい」
そのうえでまた述べた。
「私は暫く佐世保を離れると」
「どちらに行かれるのですか?」
「長崎です」
神父はうっすらと笑ってこう答えた。
「長崎に」
「はい」
その笑みは奇麗な笑みであった。心に闇を持たない笑みであった。何の暗いものもない。人はその一生で完全に純粋になれる時がある。戦争がはじまった時の多くの日本人がそうであったように。あの時は神父も同じであった。今それとは置かれている心が違うが彼はまた完全に純粋な心になっていた。そしてこう述べたのであった。
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