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アンジュラスの鐘
1部分:第一章
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た。こうした一連の言葉を批判し、侮蔑するのは容易い。だが現在の目で無謬の価値観と絶対的な正義で以ってこれを一方的に断罪するのは愚かな話だ。この時代にはこれが正義だったのだ。正義というものは時代によって変わる。価値観もまた。全て時代によって変わるものなのだ。
 神父もまた戦争が起こり、それを喜んだ。彼は佐世保にいる僧侶や神主達と酒を囲んでそれを祝っていた。
 それは神主の神社で行われた。彼の家の広間で胡坐をかいて乾杯していた。
「まずは乾杯」
「真珠湾への攻撃は大成功でしたな」
 日本酒を杯に入れていた。そしてそれぞれの法衣のまま楽しく談笑していた。
「連中には今まで煮え湯を飲まされてきましたからな」
「全くです」
 髪の毛が一本もない厳しい顔の僧侶が年老いた神主の言葉に頷いた。なお彼はこの酒を般若湯と言い張って飲んでいる。僧侶は酒は駄目だがこの般若湯ならばよいのである。いささかどころかかなりの詭弁であるがそれでも酒は飲みたいものなのである。誰であっても。
「それが今、晴らされたのです」
「ですね、これから」
 神父もそれに頷いた。その横では天理教の法被を着た若い男もいた。
「日本の大義を彼等に見せてやりましょう」
「威勢がいいですな」
 神主は若い男にそう言葉をかけた。
「これはまた」
「もうすぐ私も戦場に行きますし」
「ほう」
「赤紙が来ました。御国の為にね」
「頑張ってきて下さい」
「わし等ももうちょっと若ければ」
 僧侶は心から残念そうな顔をして述べた。
「御国の為にのう」
「うむ」
「この戦争は大義ある戦争ですからね」
 神父は酒をちびりとやりながら言った。黒い神父の服に日本酒はどうにも合わなかったがそんなことは意識してはいなかった。そもそもこれだけ違った様々な宗教が集まっていることこそが異様なのだから。
「何とかして尽くしたいですよ」
「その通りじゃ」
 神父のその言葉に神主は大きく頷いた。
「この戦、勝たねばならぬ」
「うむ」
「かって露西亜と戦った時よりもな。意義ある戦いじゃ」
「あの時は国がなくなるところじゃった」
 僧侶がそれに頷く形で言った。
「じゃが今度は。東亜の為に」
「戦わなくてはならぬ」
「この戦争に負ければ」
「全ては終わりじゃな」
 神主の言葉はこれまでになく深刻なものになった。
「じゃからわし等も御国に尽くすのじゃ」
「わしの弟子も大勢戦場に行くことになっている」
「ですね」
 僧侶達もそれは同じであったのだ。誰もが戦争に参加していた。そして大義を信じていた。この大義は彼等にとっては決して偽りでも幻でもなかった。この時代に生きた全ての者にとっては。確かに存在したものなのである。
「わしの寺の鐘も出した」
 僧侶は言った。
「あの鐘をです
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