【空拳編】 でーじすっごいよ
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「それ、ナーヴギア?」
「う、うん……」
「高いんでしょ……、どうしたの?」
か細く、抑揚に乏しい声で訊いてくる。無駄遣いを咎められているのだろうか。
僕はやや慌てて応じた。
「えっと、友達に貰ったんだ。コネで。開発スタッフなんだって」
「そう……、いまから入るの? ゲームの中」
「うん、そのつもり……」
僕が躊躇いがちに答えると、彼女は立ち上がり、こちらを見下ろした。
「剣で戦うヤツでしょ」
「……よく知ってるね」
「友達がいってた。それにケンジ兄ィニィ、戦うの好きでしょ……」
彼女は首を傾げて、ふわりと髪を揺らめかす。
そんな風に改めて訊かれると、ちょっと困る。
「ん……」と、僕は曖昧に唸ってしまう。
彼女もさしたる答えを期待した訳ではなかったのか、微笑んで続ける。
「しょうがないね、ケンジ兄ィニィは。……でもよかった」
「……うん? なにが?」
「ゲームなら、怪我しないし死なないもんね」
「うん、まあ……」
「もう心配しなくていいんだよね、ウチら。昔は兄ィニィ、いつか死んじゃうんじゃないかってずっとみんなで心配してたから」
「大袈裟だよ」
「大げさじゃないモン」
眉をひそめて睨まれた。なまじ美人なので怖い。
僕の妹はこんな顔をする子だったかな、と思う。
「……ごめん」謝る。
申し訳ないとは、思っていた。僕が今、空手を休んでいる一因でもある。
もう僕はこれから、家族に心配をかけず、穏やかに老いてゆくべきなのかもしれなかった。
「……まあ、もういいや。じゃあ、気の済むまで暴れてくるといいよ。ログインするとこ、見てていい?」
「……なんか恥ずかしいな」
「いいでしょ。あのセリフ生で聞きたいの。CMでやってたやつ。ほら、いってらっしゃい」
「……しょうがないな。いってきます」
こんなに妹と話し込んだのは本当に久しぶりだった。
これからは、もっと家族を大事にしようかな、と思う。今度なにか贈ろうか。そういえば年末が近い。
クリスマスに、プレゼントでもしてみようか。
そんなふうに心に決めて、けれどもそれは結局、口には出さずに、僕は異世界へ飛び込むための魔法の言葉、そして自らを電子の牢獄に縛りつける呪いの言葉でもある一言を唱えてしまった。
「リンク、スタート!」
瞬間、あらゆる音と色と匂いが消える。背にもたれた椅子が遠ざかる。
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