【閃光編】 手記、未来のために
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例えばキリト君は、あのデスゲーム序盤で、わたしと暫定コンビを組んでから別れるまでの出来事をほとんど憶えていない。
それに気がついたのは、湖のほとりのログハウスでの、短い新婚生活の最中だ。
あの夢のようなひとときの中で、彼と多くを語らった。リビングのソファで、ベッドの中で、湖を臨む草原で、それまで一緒にいられなかった時間を埋め合わせようと、ふたりの存在を溶け合わせようと、わたしはわたしを彼に伝えて、また、彼に彼を伝えてくれるよう望んだのだ。
けれども、ふと話題が過去のある時期に及ぶと、彼の反応は突然鈍る。
それまで穏やかに微笑み、声を出して笑い、冗談を交えながら話をしていたわたしの最愛の人から、突然スイッチを落としたように表情が消える。わたしだけを見ていてくれた瞳から色が失せる。そしてその兆候が表れたとき、彼はまるでそういうロボットのように決まって同じ動作をする。
前にのめって、左手を差し出し、ゆっくりと虚空を掻くのだ。
まるで、届かないと知って、二度と還らないと知って、それでも手を伸ばさずにいられないというふうに。
わたしがその様子に不安を覚えて呼びかけると、彼は慌てて答えてくれる。
『ごめん、アスナ。
君の隣があんまり心地いいから、ついぼうっとしちゃって。
ええと、なんの話だったっけ?』
きっと、まだ吹っ切れていないのだ。
前に聞いた、全滅したという彼のギルドの話。
自分が仲間を殺してしまったという罪悪感が、自分は誰とも一緒に居てはいけないという想いが、彼を損ない、戦いに駆り立て、わたしとの思い出の一部を攫っていった。
もしかするとその咎は、一生彼を苛むのかもしれない。
わたしは、彼を傷つける全てから、彼を守ると誓った。だから、痛ましい過去に触れることをよしとせず、今この時に、そこにいる彼のことだけを想いながら過ごしてゆくべきなのかもしれない。
けれどもわたしは、彼の全てを愛したかった。
彼の過去も後悔も、すべてはわたしの大好きな彼を創った彼自身であると、そう思っていた。なにより、かつて彼と過ごした日々が、間違いだなんて絶対に思いたくなかった。
だからわたしはこう答えたのだ。
『キリト君があんまり間抜けな顔をしてるから、なに話してるか忘れちゃったよ。
でもきっと、いつか思い出せると思う。
いっぱい、話し合えると思う』
わたしにも、まだ彼に話していないことがある。いつか話すべきことがある。
わたしの知らない彼がいるように、彼の知らないわたしがいる。
その想い出はこの胸の奥にあって、彼とふ
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