第十九夜「廻り道」
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?あぁ、ちょっと隠し味を入れてありましてね、当店で作ったサクランボのジャムに、ハニーブラッサムを加えてあるんです。」
それを聞いた遼は、少し首を傾げて言った。
「ハニー…ブラッサム?」
「ようは桜の蜜です。いかがですか?」
「あぁ、そうなんですか。何だかすごく懐かしい感じがしたのは…。」
その遼の言葉を聞いて、悠と菫は目を見合わせて微笑んだ。
そして、菫はそんな遼の顔を見て言った。
「きっとどこかで召し上がったことがおありなのでしょう。宜しければ少しお分けしますよ?」
「良いんですか?おいくらでしょうか?」
遼は菫の言葉を聞いて売ってもらえると喜んだ。
しかし、そう言った遼を前に悠は首を振った。
「お代は結構です。同じ名前の方からお金は取れませんよ。なぁ、菫?」
悠は妻の肩に手を乗せると、菫の方も顔を綻ばせた。
「そうですね。これも何かの縁ですし、お帰りの時にお渡ししますわ。それではゆっくりとお召し上がり下さいね。」
そう言うや、二人は奥へと引き上げて行ったのであった。
呆気に取られていた遼であったが、気を取り直してまた食べ始めた。
あのジャムをつけたスコーンを味わいながら、ふと一年前に別れた彼女のことを思い出していた。
菓子作りの好きだった彼女。嫌いになって別れた訳じゃなかった…。
― 今更何を思い出してるんだか…。 ―
誰もいない店内で、遼は一人苦笑した。
そうして店内を改めて見渡してみると、落ち着いた雰囲気の中に流れる音楽、各々のテーブルに飾られた彩り豊かな花々…。
― まるで癒されるために来たような…。 ―
そんな筈はない。
ただ、何気なく別の道を歩きたかっただけなのだ。
ただの廻り道なのだ。
― いつかセピア色した想い出に変わる…か…。 ―
窓の外は、清々しい蒼空に白い雲が流されている。
その下には、今が盛りの藤の花房がユラユラと揺れていた。
時間も過ぎて夕の紅が見え始めた頃、遼は満たされた気分で席を立った。
「ご馳走様でした。本当に美味しかったです。」
遼は喫茶店の夫妻に笑顔で伝えた。
夫妻はそんな遼に満面の笑みを返した。
「気に入ってくれたようで、こちらも嬉しい限りですよ。ではこれを。」
彼の前に差し出されたものは、硝子製の美しい小瓶だった。その中には、あのジャムが容れられていた。
「お約束通り、お持ち帰り下さい。」
店主の悠はニコニコしながら遼に手渡した。
「ありがとうございます。」
遼は礼を述べ、それを受け取ったのであった。
一方の菫はと言うと、レジの前に立って待っている。
遼はレジに行き、いくらかと尋ねた。
「丁度千円になります。」
菫がそう答えると、遼は目を丸くして聞き返し
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