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幻影想夜
第十八夜「向日葵」
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ごく嬉しかったんだ。お兄さんが最期の人だったけど、温かな人の腕の中で、安らいで逝くことが出来たんだ。ありがとうって言ってたんだよ?」

 僕はこの少年の言葉の意味を理解出来ないでいた。
 この少年は…いったい何なんだ…?

「ねぇ、お兄さん。お婆さんを助けたことあるよね?」

 僕は目を見開いた。

「ある。大きな荷物を持って歩道橋の階段を上ろうとしたら、足を踏み外してしまった人だ…。僕は、そのお婆さんをおぶって歩道橋を…。」

「そのお婆さんね、半年後に亡くなったんだ。ずっとお兄さんに感謝してたよ。」

 なぜそんなこと知ってるんだ?僕は誰にも話してない筈なのに…。

― …え? ―

“誰にも話してない”なんてなぜ言い切れる?どうしてこんな風に…。

「お兄さん…困ってるお姉さんに、自分の貯金全部あげちゃったことあったよね?その人は今も元気だけど…お兄さんのことは今も忘れずにいるよ。そしてね、ずっと探し続けてるんだ。」

「何なんだ!?君は何でそんなことまで!…探してる…?」

 何なんだろう?このひどい胸騒ぎは…?
 この色鮮やかな向日葵の中にあって、僕は僕でない気がする。
 では、僕はいったい何者なんだ?
 いや、この少年の言葉に記憶が反応してるのだから、きっとどこかで頭を打ったか何かして、一時的に記憶を喪失しているのかも知れない…。

― でも…。 ―

 それでも“僕”という人間は、本当ににここへ存在しているんだろうか?
 僕は恐ろしくなり、胸に手をあてて心臓の鼓動を確かめた。

― 動いてる… ―

 ような気がするだけなのかも知れない。
 ふと、頭の片隅に記憶が浮かんできた。



「お前が悪いんだ…!俺のいない間に男なんか作りやがって!」
「違うわ!あの人はただの友達よ!奥さんだって一緒だったわ!」
「ふざけるな!俺の目は誤魔化されないぞ?え?ヤツと何回寝たんだ?このあばずれが!」
「あっ!やめてぇっ!!」
「母さんっ!」



 記憶は断片のまま、唐突に途切れた…。

 何なんだ?この記憶は…?まるで昼の連ドラみたいな筋書きだな。
 きっと…テレビでも見ていたんだろう。

 そう思い込むしか…出来なかった…。

「お兄さん…思い出した?」

 少年の口調は、まるで誰かを憐れむような、そして…思い出すことを強制するような…何とも言えない声だった。

「…何も分からない…何も…知らな…」

「知ってる筈さ。」

 僕の魂(ココロ)を見透かすように、少年はそう言い放った。

「でも…いや、違う!」

 僕は両手を頭にあて、首を横に振った。
 心に浮かぶものはもはや…。

「じゃあ、教えてあげようか?」


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