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BloodTeaHOUSE
吸血の関係
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明らかに心因性のものだろう。ただ、今は原因を取り除く時間がない。
非常時とはいえ、僕との人工呼吸を知られたくはないだろうと、上空へ飛んだ。
彼女に人工呼吸を試みるも、気道そのものが固く閉塞されており肺に空気が入らない。

原因は分かりきっている。僕しかいない。
罪悪感に押しつぶされそうになる心を叱咤して、彼女を失うことの恐怖から逃れるために、
出来うる限りの全てを試す。

人間は呼吸困難で意識を消失してからの十数分が命運を分ける。
背中を叩く、呼びかける、とにかく思いつく限りのことをしたが、彼女の呼吸は戻らない。
どうしようもなくなって、抱きしめて叫んだとき、彼女が咳をした。

ほんの2回ほどの弱々しいものだったけど、確かに肺とのラインはつながった。

そこからも何度も止まりかける呼吸に必死で叫び続けた。
狭く閉塞している気道が徐々に開いてきたと思っても、彼女の意思のせいでか、
何度も止まっていた呼吸が、ようやく彼女の意思で再開されたと感じた時は、心底安堵し、
この僕が、神に感謝してもいいとすら思ったほどだ。

彼女の意識は半覚醒のまま、時折、呼吸と違う口の動きを見せる。
注意深く観察し僕の名を呼ぼうとしていると、わかるが、
呼吸が安定していないせいで、その行為は彼女を苦しめている。
何度も咳き込み、苦しそうなのに一向にやめようとしない。

僕も、その行為を何度も止めようとしたが、言葉にならなかった。
今、何かを彼女に言うような勇気が、どうしても出ない。
僕の言葉で、彼女の呼吸が止まるかも知れないと思うだけで恐怖に苛まれる。

彼女がするように、僕もただひたすら彼女の名前を呼び続けた。
やがて彼女が覚束無いながらも声を出せるようになっても、僕の名を連呼し続けていた。

違う言葉が出たのは1度だけ。
おそらく、彼女が意識を手放す前につぶやいたのだろう、たった2文字の言葉。
それを言えなかったがために彼女はあんなことに?

…――――自分の心の痛みだけは、我慢しようとする悪い癖があるの――――…

彼女のバイオリンの先生の言葉を思い出し、僕は何も言えなくなる。
彼女と、わざわざアドバイスを下さった彼女の恩師に、心の中で深く謝罪する。

彼女を失うような恐怖に比べれば、対等でありたいなんていう、
僕のささやかな自尊心など捨てておけばよかったと、いくら後悔しても足りないくらいだ。
君が嫌なら他の血なんか要らないから、頼むから笑っていてくれ…

彼女はそのまま意識を手放したけれど、呼吸は規則正しく繰り返されている。
その微かな寝息とも呼べない音が安定した鼓動が、今は何物にも代え難い宝物だけど、
ここで独り占めしていては、この季節だと風邪をひかせてしまうかもしれない。


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