第三食
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っていた。調理の知識はあるが経験のないえりなは、調理に挑むなおとの背を眺めることしか出来ない。
ただ、それだけでもえりなはこの場所に足を運んだ甲斐はあったと思えた。
薙切家の恥晒しと言われ邪魔者扱いされてきたなおとが、あんなにも真剣に打ち込めている姿を見せられているのだから。誰にも必要とされず生きてきた彼が、周りを認めさせるために奮起している姿を見れたのだから。
きっと、それは過酷な道なのだろう。刻苦な道だろう。届かず悔しがり、時には涙を零し、それでもと食らい付く。認められるまで、自分が納得いく所まで、ずっと不屈を貫き通すのだろう。
自分は機械なのかと悩むだけで何もしなかったえりなにとって、満身創痍でもなお立ち向かい続けるなおとの姿が美しく輝いて見えた。能動的に動いて、確固たる目標に向かって突き進む姿が羨ましかった。
自分もあのようになれるだろうか。自分もあのようになりたい。強く、そう思えた。
凍てついていた心に、小さな灯火が点いた。
調理実習に入ったなおとはやはり聞く耳を持たず取り組んでいるので、えりなは入室時と同じように無言で厨房を出た。今思えば、まるで隔離されたような場所になおとの厨房があったのはのけ者扱いしているのではなく、周りから逸脱するためにあえて離したのかもしれない。
家の者に黙ったままなおとにここまで施す人なんて、一人しかいない。
「どうじゃった?」
だから、その人が見計らったようにすぐ傍の柱に寄りかかっていても、驚くことは無かった。
きっと、仙左衛門は看破していたのだろう。えりなが自らの才能のせいで自失しかけていることに。
だからえりなになおとの厨房を紹介したのだろう。えりなに発破を掛けるために。
日本食界を牛耳る食の魔王は威厳の欠片も無い、悪戯に成功した子供のような無邪気な笑みを浮かべてえりなにそう問うた。
全てを見透かされているようで内心忸怩たる思いだったが、同時にえりなとして見ていてくれたんだと嬉しく思うと共に、自分の決意を口にした。
「おじい様。私も、料理を習いたいです」
ただ悩むだけの日々はもうやめだ。ただ羨むだけの日々はもうやめだ。自分より圧倒的に才の無い人があんなにも頑張って食らいつこうとしているのだ、才ある自分が怠けているのはおかしい話だ。
──私は機械じゃない。他動的に生きるんじゃなく、能動的に生きる。だから、私は機械なんかじゃない!──
えりなの変化を見届けた魔王はにやりと口角を吊り上げ、孫娘の頭を撫でた。
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