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或る皇国将校の回想録
第四部五将家の戦争
第五十八話 敗軍の将は以て勇を言うべからず
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ある。ことこの点において馬堂豊久中佐(当時)の思惑も議論の争点となる事が多い、彼と佐脇利兼の親交は長く、佐脇少佐の気質は理解していたはずだ――佐脇にしてみれば〈皇国〉陸軍の兵であるのと同時に馬堂家の私有財産としても考えてしまう事を。

 故に――彼は選択した。

「鋭兵部隊は退路の確保に回らせろ!剣虎兵を集結させて再度突撃を敢行する!」
 温存、退路の確保、逡巡の産んだ逃げである、とはいえ佐脇の常識と戦術眼は相応の理をもって選択肢を選別している。
 そもそもからして突破に時間がかかり過ぎている、相手は〈帝国〉が本領の精兵共、いくら忠勇なる将校たる佐脇とて無為に突進して包囲殲滅で戦死という結論を進んで突き進むつもりはない。

 突き進む、猛進する、只管に大隊長を陣頭においた剣虎兵達は高い戦意を保ち、只管に合流点を目指して突き進み、そして合戦開始から半刻を僅かに過ぎ――ようやく大隊長は投入した主力を掌握することに成功した。
「いいぞ!早急に――」
 佐脇にも聞きなれた音が響いた、整然と横列を整えた銃兵達が、王者の戦が奏でる勝利の音。
 だが今この瞬間、佐脇の心臓は葦川に“あの男”に突き落とされる悪夢を見た時と全く同じ恐怖に跳ね上がった。
 一気に乾いた喉をごまかすべく唾を嚥下する。
「早急に――撤退する!」



皇紀五百六十八年 七月 二十六日 午前第七刻 大龍橋周辺 集成第三軍司令部
第三軍後衛戦闘隊司令 馬堂豊久中佐


「――潮時と見るべきだな」
 豊浦参謀長は束ねた書類をめくりながら言った。
「戦務主任が立案した一手、敵追撃戦力が後退したのならば、作戦目標自体はほぼ達成できたとみてよかろう。そして泉川における近衛総軍の夜襲、そして龍州軍の離脱成功と我らの盤外においてもこちらの望ましい方向に潮目が動いている。逆に言えば本領軍は撃滅すべき戦力を正確に把握したことになる――今までと同じく敵の動向を注視する必要がある事は変わらん。
それに寡兵をもって時間を稼ぐにはどのみちここを利用するしかない、それで――だ」
 書類から上目づかいで眼前に立つ男を参謀長は睨んだ。
「貴様の部隊の損耗、総計約一,〇〇〇名これはいいが――約四割が第十一大隊に集中しているが?」

「佐脇大隊長には申し訳ないことをしました。実際、この作戦で敗走した唯一の部隊となったのは私の見積もりが甘かった所為です」
 眼前の若い将校に豊浦は猜疑心に満ちた視線を送る、彼とて佐脇家にまつわる謀略を察知している。
そして馬堂家が必ずしも彼らの行動を歓迎しているわけではない事も。

 笑みを張り付けた”北領の英雄”は佐脇利兼を惜しみなく勇将と評している。
「第十一大隊は良くやってくれました、主力が後退するまでに追い込んだのは彼らの功績です」

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