第十五夜「思想家」
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「だから、僕はそう思うのだ!」
声高らかに彼は言った。
しかしながら、彼の前には素通りし、嘲笑する街人がいるだけ。誰一人として彼の話をまともに聞く者なぞいなかった。
それが彼の日常であった。
ハインリッヒ=フォン・グランツ…それが彼の名前だ。
王家の血統に属するグランツ家の長男であり、次期当主になる人物なのだが、これがかなりの変り者。日々このように街中に出てきては、自分の理想を声高に語り、街の者からは“夢想家”と馬鹿にされている。
「ありゃ、貴族の道楽だ。夢だの理想だのとほざけられるのは金持ちやお偉いさんだけだ。」
このように酒の肴に笑い飛ばされているのだ。
ハインリッヒは知っていた。街の者達が何か囁いていることを。だが、ハインリッヒが思ったことは…
―皆、僕の声に反応してくれてるんだ!―
と、少しばかり勘違いして捉えていた。まさか陰口を叩かれているとは、微塵も考えていなかったのだ。
ある日のこと。ハインリッヒはまた、街中で熱弁を奮っていた。
この日は教会前の天使の噴水広場。心地よい春の日和りで、子供たちが遊んでいた。が…
「教育とは何か!それは調和を尊び、学力と精神の向上を促すものでなくては価値がないのだ!この時代、もはやラテン語など不要であり、もっと諸外国の言語を学ばせるべきなのだ!その上、音楽や美術など精神を育む教育は疎かにされ、神学などに多大な時間を割くなど有り得ない!」
鳥が驚いて飛び去る程の大声で、ハインリッヒの日課が始まる。そこで遊んでいた子供たちは恐れて逃げ帰ってしまった。
そんな大声は、教会内にもよく響いていた。
「またグランツ公の息子か!全く、父が公爵だからと言って、何を述べても許されるとでも思っているのか!」
教会内部では罵詈雑言が飛び交っていた。が、教会とはいえ、王家血族の公爵家には中々文句を付けられない。
グランツ家。それは古い家柄で、血脈を辿れば第三代国王グレトニウス一世に繋がる名門中の名門。現王家とも深い親交があり、それはこのハインリッヒとて同じだ。
父親である現公爵クリストフは、施政を自らの考えで立ち上げた“薔薇騎士会”に一任している。
この組織は、市長、元教師、芸術家、商人や弁論師など十二人から成り、三年に一度の選挙で選ばれる。これはクリストフの考えで、「国は民のもの」という理念に基づいている。未だ試験段階だが、いずれは国全体に広め、貴族による横暴を根絶したいと考えていたのだった。
そんなことに我関せずのハインリッヒは、意気揚揚と教会前で演説を繰り広げていた。
「確かに、教会での教えも大切だ。だが、真に大切なことは、自分が自分であることだ!ただ偉ぶっている者に付き従って、家畜のように生きることではない!それには教
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