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第一章
菖蒲
昔の話だ。中国楚の国に伍子胥という男がいた。愚かな王を諫めたせいで父と兄を殺され自身は呉の国に逃れそこに仕官した。能力はあるが非常に執念深い男であった。
「何としてもあの王をこの手で」
常にそう願っていた。父と兄の仇を忘れたことはない。彼が呉に仕えたのは全て私怨によるものであった。しかし能力はあったので彼が主とした公子光にはよく用いられた。
この光という男も癖があった。王族であり前々の王の息子であった。しかし様々な事情で今は臣下だった。野心家であり王となることを心の中では望んでいた。
伍子胥はこれを知っていた。だからこそ彼に仕えているのだ。光も彼のことは知っていた。言うならば互いに利用し合う仲であったがそれでもその関係は上手くいっていた。それは互いの心も力も知っていたからだ。
光は王になりたかった。それでしきりに伍子胥に相談する。その時彼は常に言うのであった。
「それには人が必要です」
「人か」
「その通り」
その険しい顔を密室の中で見せる。部屋は枯れ木を燃やした灯りで微かに照らされているだけである。その中で二人だけで話をしていたのだ。他には誰もいない。
「王を殺せる者が」
「刺客なのだな」
「その通りです」
光の言葉にこくりと頷く。険しい顔は元々の表情である。その顔こそが彼が今までどうした人生を歩んできたかがわかるものであった。無念と復讐に満ちた人生を。
その顔で言葉を続ける。
「我が君は王になられたいのですな。呉の王に」
「それはわかっていると思うが」
光は鋭い目で答える。鼻は高く目は切れ長だ。何処か異相であり野心をそこに感じる。そうしたものを見れば彼がただの人物ではないのがすぐにわかる。何故かその顔は伍子胥に非常によく似ていた。そっくりではないが少し見ただけでは実によく似ていた。
「そしてその暁には」
「わかっております」
伍子胥は重苦しい声で主に答えた。
「楚を」
「あの王のことは御主に任せる」
光は素っ気無く述べた。
「平王はな」
「御願いします」
「どのようにしても構わぬ」
この場合はどうやって殺してもよいということであった。当然ながら伍子胥の心は知っている。本当にどんな処刑をしても不思議ではない。だが彼にとってそんなことはどうでもよかった。彼は王位になりたかった。そしてその見返りであったからだ。
「それは保障するぞ」
「御願いします。さすれば」
「刺客を探して参れ」
「わかりました。それでは」
二人でこんな話を続けていた。伍子胥は他にも人材を求めあちこちを歩いていた。そうして孫武という兵法家を手に入れた。だが刺客は中々見つかりはしなかった。そのことに内心焦ってさえいた。
だがある日のこと
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