暁 〜小説投稿サイト〜
BloodTeaHOUSE
発表会
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なたたちと出会えて、よかったです。今を、共有できてとても幸せです―――…

引き終えてひと呼吸おいて、ペコリとお辞儀。
自分でも驚くくらい素敵に弾けたから、うれしくってしょうがない。
パチパチとあちこちから拍手が上がる。

楽しんだくれた人がいるのが嬉しすぎて、
つい涙腺が緩みそうになるんだけど、まだもう一曲あるから我慢しなきゃ。
目を瞬いて、涙を一生懸命止めてると、

「楠木さん、大丈夫?」

先生が心配して、声をかけてくれる。
振り向いてなんとか笑顔で「大丈夫です」なんて言うけど、
ほんとはうれしくて泣いちゃいそう。

「焦らなくていいですからね、心が落ち着くまで待ってから次に行きましょう」
「はい‥‥‥すー‥‥‥はー‥‥‥」

先生は、私が泣きそうなことなんかお見通しだったみたいで、
のんびりとした調子でそう言ってくれる。
拍手がやんで、何度も深呼吸をしてるとだんだん落ち着いてくる。

「先生、もう、大丈夫です」
「そうかしら?あと10は数えたほうが良さそうよ?」

自分のベストを尽くしたいから、先生のアドバイスどおり、
ゆっくり1から10まで数えながら深呼吸をする。
だんだん小波が引くように、心が澄んで凪いでくるのを実感する。

さすが先生。こういう時に、どうしたらいいのかのアドバイスが、すごく的確。
20まで数えてから、ようやく振り返って、

「今度こそ、大丈夫です」
にっこり笑って、先生に言うと
「そうね、じゃあ始めますよ」

バイオリンを構えて心の中で、今日来てくれている会場のお客様に謝る。
飛白のためだけにこの曲を弾くことを、音楽の神様、どうか許してください。
よかったらついででいいので、みなさんも楽しんで聴いてください。

凪いだ湖面のような音が響き渡る。G線1本だけで演奏する、バッハの名曲、
”G線上のアリア”。大バッハ特有のシビアさが、聴くものを酔わす旋律に隠されている。

少しでもボウイングに迷ったり呼吸を乱すだけで瓦解するような綱渡りなのに、
どうしてこんなに綺麗な曲なんだろう。
ゆったりと音に呼吸までシンクロさせて、ただただ響く旋律が形になるように紡いでゆく。

まるで教会の美しいステンドグラスが組みあがっていくような
キラキラした音の連なりは精緻で精巧でなんて美しいんだろう‥‥‥

これが私のアリアだよ。飛白だけに捧げる、G線上のアリア……
この想いが、どうかどうか、あなたに届きますように―――…

最後の一音の弓を下げきると、途端に目から涙が溢れ出してきちゃった。
慌てて私に駆け寄る先生とは逆に、お客様からは思いがけないくらいの大きな拍手。

「‥‥せんせ、ひっ、どうしよっ、‥‥なみだが、ひっ、とまんない‥‥」

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