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幻影想夜
第九夜「クロマティック・ファンタジー」
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聞かせてもらうなんて…。」
 でも満腹の彼は、もはやその誘惑を退ける気力なぞなかった。

 暫らくすると、とても古めかしい竪琴を持って彼女が戻ってきた。
「大変お待たせ致しました。」
 少しはにかんだ表情で椅子に腰を下ろし、竪琴を膝の上に乗せた。随分と小振りな竪琴だ。
「これは、ダヴィデのハープを模したものですわ。独特の澄んだ音色が好きで愛奏しておりますのよ?では始めさせて頂きますわね…。」
 そう言って、彼女はその美しい指で絃を爪弾き始めた。
 それは得も言われぬ妖艶な光景であった。
 半音階の繰り返される響きが部屋に満ちてゆく。まるで時が止まり、その音色が代わりに虚空を埋め尽くしているような錯覚に陥る。

―あぁ…、何だか眠気が…―

 彼は、その音の中に埋没してゆくような気がした。

―ここで眠ったら、彼女に失礼だなぁ…―

 たが、彼はその眠気に抗えず、その意識は夢の中へと…誘われていったのだった…。


   †  †  †


「また…消えちまったんだって?」
 町の住民が囁き合っている。
「ああ…今度は東京から来てた会社員らしいぞ?」
「あれか?“竪琴を聞いた”って言う…。」
 町の者は皆、恐れを含んで話していた…。
 無論あの消えた男…兼山の話だ。

 警察が調査してみると…兼山の車は鬱蒼と生い茂った山林の木々の狭間で発見され、なぜこんな所に入れたのかは全くの謎であった。その木の幹には傷一つなく、警察は首を傾げるほやなかった。

 さて、車の発見場所から程近い場所に、一軒の空き家があった。大戦以前から建っていると言われている大きな洋館である。
 後ろは、その周囲を取り囲むように、どこまでも山林が続いているだけの場所だ。
 その洋館は手入れもされておらず、かなり風化している。屋根は崩れ、壁は剥がれ落ちており、その隙間から向こう側の景色が見えている有り様だ。
 だが…この館には、とある言い伝えがあったのだ。

 この洋館が建てられたのは、大正時代半ばだと言う。アメリカで財を成した一人の男が、自分の一人娘を連れてこの町にやって来た。男は金に物を言わせてこの土地を買い、そして大きな館を建てた。それが、この洋館である。
 だが、元来穏やかな性格をしていた男は、町の者からは好かれていたという。娘は父親に似て温厚な子で、古めかしい竪琴を奏でてるのが好きな娘であった。
 娘がバルコニーで爪弾く絃の音は、風に乗って遠くまで響いていたと言われ、町の者はその音が聞こえてくると、じっと耳を澄まして聴いていたという。
 だが…ある時よりフツリと聞こえなくなってしまい、娘が病気にでもかかってしまったかと心配し、町の者等は様子を見に行くことにした。娘の父親さえ見掛けなくなったからだ。
 町の
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