異伝:自ら踏み外した崖へ 前編
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私はずっと彼の背中を見ている。彼からは見えないけど、ずっと見ている。
カーディナルに存在を消滅させられないためには、彼に干渉してはいけないのだから。
だから私は見続けた。「生き残るため」に彼の心だけを、ずっとずっとずっと………
そんな彼の心に、最近陰りのようなものが観測できる。
今、既にこの世界には彼以外にも希望を抱いて生活しているプレイヤーが存在する。
私が存在するために、そろそろ彼を離れてしまうべきなのかもしれない。
離れる、べきなのだろう。
だけど――だけど、同時に私は相反する感情を自身に覚えていた。
彼以外の心の光に、興味が湧かない。見たくもないとさえ思う。
2年近く、彼を見てきたのだ。彼の笑うところ、憤怒するところ、泣くところ、感動するところ、興奮するところ……彼の喜びが私の喜びで、彼の悲しみは私の悲しみ。そんなプログラムを越えた共感性が、胸中に渦巻く。
だが――彼と共に死んでも、いいのだろうか。
彼を止められないのなら、今は耐えて、いつか本懐が遂げられる日を待ち続けるべきなのだろうか。
論理的行動原理と、反発する自己学習AI。
MHCP-008は迷い続けた。いつまで彼と共に往くべきか。
迷い、迷い、迷った末に、MHCP-008は――彼の元を離れた。
もとより彼は、自分を見る存在になど気付いていないだろう。だから、彼は何も変わらない。
これでいい。これでいい……筈だ。
= =
その日、俺ことブルハは一人の男に黙とうをささげるために、路上ライブを中止していた。
「コーバッツのおっさん………アンタが何で無茶したのか、俺は知らない。だけど、アンタいつか言ってたよな……『若いんだから俺より先に死ぬのは許さん』、とかさ……」
黒鉄宮の生命の碑に刻まれた名前を、指でそっとなぞる。
前は常連だった人で、演奏が終わるとよく褒めたり変な説教を垂れてきた。
軍が攻略から身を引いた頃から全然来なくなって、だからこの前顔を見せたのはすごく嬉しかった。
その翌日に、キリトから教えられた。彼の最期を。
俺はその内容に正しいとか正しくないとか、そんな善悪二元論を挟む気にはなれなかった。
ただ、俺の中でのコーバッツさんがもう二度とライブを聞きに訪れないのだということだけ、認識した。
「おっさん。俺は言われた通りにアンタより長生きするよ。約束する。アンタの事だから多分こっち側に沢山未練を残して逝ったんだと思うから……だから、その無念の一かけらは俺が持って行く。ゆっくり眠ってくれ……」
知り合いに無理を言って採取してもらった花のアイテムをじれったいボード操作で実体化させ、石碑の前にそっと置く。時間が立てば
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