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幻影想夜
第八夜「ウィステリアの片想い」
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感じたと言うべきか。
 思い出すのだったら、尚のこと淋しいのではないのか?幼心にそう考えたのだ。
「会いに行こうとは思わなかった?」
 少年は内に秘めた違和感をそう言ってぶつけてみた。
「行けないわ。私は、行けないのよ…。」
 少女は澄んだ青空を見上げ、輝く太陽の陽射しにスッと目を細め…そうして微笑んで返した。
「なぜ?」
 聞いてはならなかったのかもしれない。しかし、少年は何とも思わずに、心のままを口にしたのだ。
 すると不意に…少女の顔に陰りが差し、そしてそれを話始めた。
「もう、随分と古い話しなの。」
 強風が空へ舞い上がった。一斉に藤の花房が揺れる…。
「今から三十年近くも前の話し。私もまだ若かったわ。ここへ連れて来られ、一生懸命に生きた。子供たちは私をとても好いてくれて、私は嬉しかった。その中の一人の男の子が、いつか写真を撮りに来てくれるって、私に口づけしてってくれたわ。卒業式の日にね…。そして、約束通り来てくれた。この五月晴れの青空の下で、私を写してくれたわ。でも…愛してくれることはなかった。愛されることもないって、知ってたのよ…私は。あの瞳で私を見つめて“好き"って言われて…そんな意味じゃないって分かってたのに…。私は恋しちゃいけない相手に恋をしてしまったの。でも…どうしても伝えたくて、こうやって未練たらしく遠くを見詰めて待っているの…。伝えるなんて出来ないくせに…。」
 少女はお茶を飲み干し、そして俯いて静かにそれを口にした。

「だって…私は“藤"だから…。」

 そう言うや、少女は顔を上げて精一杯笑ってみせた。
 少年は目が離せなかった。この少女が消えてしまうのではないかと恐れた。人ではないことよりも、少女が消えてしまうことを恐れたのだ。
「だったら僕が伝える!きみの気持ち、僕がその人に伝えてあげるっ!」
 少年は、自分でも驚くようなことを言った。少女はそんな少年に穏やかに微笑んだ。
「ありがとう。恐がらないのね?久し振りだわ…きっと神様の巡り合わせね…。会えて良かったわ。こんなにお話ししたのはどれくらいぶりかしらねぇ…。やっとスッキリしたわ。聞いてくれて、ありがとう。お茶、ご馳走様。あなたの母さまに宜しく。」
 そう言い終えるや、晴れ渡る青空の下、少女の姿は光の粒のように消えていった…。それはまるで淡い幻をみているようだった…。

 暫らく少年は動けなかった。心の中には淋しさや恐れでなく、あの儚なげな少女の言葉が残っていた。“ありがとう”と言っていた藤は、今もまだ花盛りだった。
「僕は夢を見てたのかなぁ?」
 少年はボーッと、五月の空を見つめていた…。


  ◇  ◇  ◇


 あれから数年経ったある日。思い出すような快晴の青空の下、二人の人物が藤の木を訪れていた。
 
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