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幻影想夜
第八夜「ウィステリアの片想い」
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年はそう言って、手を振って駆けて行った。


   ◇  ◇  ◇


 次の休日。また空は、雲一つ無い青空。ポカポカした陽気に蝶が舞っている。
 少年はと言うと、先日会った少女のことが気になっていた。
 あの後、友達と別れてから行ってみたが、藤の下にはもう彼女は姿はなかったのだ。
「ちょっと、行ってみよっかなぁ?」
 そう考えた少年は、直ぐ様身仕度を整えて玄関へと向かった。
「母さん、僕グラウンドに行ってくるからぁ〜。」
 帽子を被りながら、台所にいる母親に向って言った。
「あんまり遅くなるんじゃありませんよ?」
 母親がタオルで手を拭きながら台所から出てきて言った。
「分かってるよ。もう子供じゃないんだからっ!」
 多少むくれて、少年は母親へとそう返す。
 すると、母親は腰に手をやって言った。
「何言ってんの!この前もそう言って遊びに行ったきり、夜になるまで帰って来なかったは誰だったかしらね?」
 少年は顔を引き攣らせながら一歩退いた。
「もうその話しはいいだろ?」
 少年はジリジリとドアの前まで寄って行く。
 そんな少年を見て母親はやれやれと言った風に溜め息混じりに言った。
「ちょっと待ってなさい。」
 そうして台所へ入って行った。

―母さん、何してんだ?―

 少年は訝しく思いながらも待っていた。
「ほら、これ持ってお行き。」
 暫くすると、母親は手提げを少年へと渡した。中にはおにぎりとタッパーに入ったおかず、水筒に菓子まで入っていた。
「母さん!?」
 少年はびっくりして母親を見た。
「どうせ言ったって聞きゃしないんだ。お前は勉強は出来るから、宿題なんて心配しやしないけど、遅くなるんだったら電話くらいしなさいよ?分かったね?」
 さぁ、いってらっしゃいと言わんばかりに、今度は追い立てられるように、ドアの外に放り出された。
「何なんだ?どういう風の吹き回しだ?」
 それでも少年は「まぁ、いいか!」と思い直し、再びグラウンドへ向かった。

 空の碧に美しく映える藤の花房。まだもう少し、見ていられるようだ。
 その下に、少年は直ぐ少女の姿を見つけることが出来た。
 少女は、またあの時のように、どこか遠い場所を見つめている。
「こんにちは。」
 少年は躊躇いがちに声を掛けると、少女は振り返って言った。
「あっ…!この間の…。」
 些か驚いた表情を見せたが、どうやら少年を覚えていたようで、軽く笑って言った。
「来てくれたのね。ほんと、真正直な人ね。私のこと、不審者だとか思わなかったの?」
 少女は笑いながら少年に尋ねた。
「そんなこと、思いもしなかった!君、不審者なの?」
 少年は態とらしくそう言い返すと、少女はキョトンとした表情を見せ、そして直ぐに返した。

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