第七夜「桜、回想」
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目映いばかりの満開の桜。その咲き誇る並木道は、永遠に僕の記憶の中…色鮮やかに広がるだろう。
あの日、手を離してしまった彼女を想いだす度に…
「先生、さっきの授業で質問があるのですが、宜しいですか?」
ストレートの黒髪を後ろ手に一括りにしている女生徒が、僕のところに来た。
「なんだ、高橋。またお前か?」
何が気に食わないのか、この生徒はよく僕を質問攻めにする。
「さて?今日はどこが引っ掛かったんだ?」
僕は今年、教師になりたてのヒヨッコだ。一応は6クラスの音楽授業を受け持っている。
実は大学での専攻は古楽(バッハやヘンデルなんかが生きてた頃の音楽だ)だったんだが、プロになろうにも些か才能に恵まれなかった。そのため、恥ずかしい話だが食うに困って、この道を選んだのだ。
「実は、教わった声楽の邦訳なんですが、原文とかなり違うと思うんですけど?」
恐れ入ったよ!原文までみてたとはね。勉強熱心なことは認める。
「この合唱曲のことだね?まぁ、学校では出来るだけ宗教的な歌詞は使わない。問題になることがあるからね。この邦訳はそれを回避する役割があるんだよ。君にだったら理解してもらえると思うが?」
彼女はまだ不服そうな顔をしているが、仕方がないといった風で、
「分かりました。では、部活動でしたら問題ないですよね?」
彼女は顔をヌッと近付けて、僕の鼻先でいった。
「あ、あぁ、構わないと思うぞ?しかしだなぁ、この学校には吹奏楽しかないぞ?」
そう返した僕に、待ってましたとばかりにニッと笑って言った。
「無ければ創ります。少なくとも7〜8人集まれば宜しいですか?」
彼女、勉強はトップクラスなんだが…かなり…その…
「ハァ…分かった。じゃあ、集まったら生徒会から書類を貰って、全員書き込んだら持ってきなさい…。」
彼女はニコニコしながら「はいっ!」と返事をした。
あぁ…罠だった気がするよ…。
こうして声楽部が誕生したのだった。
§ § §
「そこっ!となりの声聞いて!全くハモッてないぞ?」
僕は持ち込んだスピネット・チェンバロ(小型チェンバロ)で教えていた。出来るだけ当時の音に触れてほしかったからだ。
「テノール!フラフラ散歩に出てるぞ?勝手に作曲すんなってっ!」
そう言って次に行くと…
「ソプラノっ!ただのコラール旋律なのに、どうして嵐のようにどっかに飛んでくんだっ!?」
…万事この調子。大丈夫なのか?この部活は…。
しかし、練習を重ねる毎に確実に上達していった。三ヵ月も経つ頃には、部員も倍になった。
「先生。今日のはどうでしたか?」
部長になった高橋が聞いてくる。
「随分と上手くなったと思うよ?この分だと、秋の文化祭には吹奏楽と一緒
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