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珈琲
1部分:第一章
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のである。
「その飲み物はな」
「またえらく変わった名前だねえ」
「またあれだよ」
「西洋からのか」
「そうらしいねえ。何でも亜米利加で随分飲まれてるみたいだよ」
 磯八は自分の着物の中に手を入れて腕を組んでそのうえで留吉に対して述べるのだった。首が傾げられて少し右になってしまっている。
「わし等が茶を飲むみたいにね」
「またそりゃ随分と飲むんだね」
「その珈琲の店がこの江戸にもできたそうだ」
「へえ、そりゃまた」
 二人共流石にもうまげではないがそれでも江戸という意識が残っていた。これが東京に完全になってしまうのにはもう少し時間が必要であった。
「面白いもんができたねえ」
「それでだよ、留さん」
 ここで磯八は言うのだった。
「ちょいと考えたんだがね」
「何だい?」
「その店行ってみねえか?」
 こう提案するのである。
「その珈琲の店にな」
「あっしとあんたでか」
「どうだい?」
 また留吉に対して言う。
「そういうことで。ちょっと冒険にな」
「冒険っていってもまた随分とご大層なことだよ」
 提案された留吉は難しい顔で腕を組みだした。もう饅頭は食べてしまい後は茶を飲むだけだ。だがその前で考え込んでしまったのであった。
「それが一体どんなものかもわからねえっていうのに」
「わからねえからいいんだよ」
 だが磯八はここでこう言うのであった。
「わからねえからよ。江戸っ子は何が看板だい?」
「そりゃ決まってるだろ」
 大工らしい威勢のいい声で言うのだった。その頭にある捻り鉢巻がここぞとばかりに目立つ。その鉢巻を誇示するようにしてまた言うのであった。
「度胸だよ、度胸」
 胸を張って言う。所謂からっ風である。江戸っ子は喧嘩は弱いが喧嘩っぱやくそのうえ度胸だけはある。とにかく度胸が江戸っ子の看板だったのである。
「それだよ、やっぱり」
「それに今飲んだら初物だよ」
 さらに言う磯八だった。
「今飲んだらな。どうだい?」
「初物かよ」
 それを聞いて留吉はさらに乗り気になるのだった。ゴクリ、とその細い喉を鳴らしさえする。それと一緒に短く刈っているその白髪頭も動く。
「だったら」
「江戸っ子は初物だよ」
「ああ」
 江戸っ子はこれも好きなのである。とにかく当時はこういった江戸っ子意識がとにかく強かったのである。こういった意識はわりかし後の時代まであったようである。
「わかるよな?それだったら」
「乗れってことかよ」
「留さんなら乗ると思ってるさ」
 こうまで言うのだった。
「絶対にな」
「言うねえ」
 言われてにやりと笑ってみせる。まんざらではないということだった。
「はっさんよお。だったらおいらも」
「乗るかい」
「乗るさ」
 そのにやりとした笑みのまま答えたの
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