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武后の罠
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第一章

                    武后の罠
 唐王朝の世も完全に定まったかに見えた世のことだ。一代の名君と謳われた太宗の治せの後は高宗の治世となっていた。その統治は父である太宗のそれの様な見事な善政ではなかったが彼を支える重臣達にも恵まれ世は安定していた。
 しかし安定していない場所もあった。それは。
「まさか」
「嘘であろう」
 宮中の人々はその話を聞いて皆顔を顰めさせるのだった。
「その様な筈がない」
「どうしてあの方が」
「そうじゃ。有り得ぬ」
 彼等は顔を見合わせて口々に言い合っていた。ひそひそと話し合っている。
「皇后様に限ってな」
「しかしじゃ」
 ここで異論が出た。
「御遺体は昭儀様のお部屋で見つかったのじゃろう?」
「うむ」
「その通りじゃ」
 そしてこれは否定されなかったのだった。
「確かに。大勢の女官や宦官達が見ておる」
「昭儀様が我が子を抱いて泣き崩れておられるのを」
 これは事実だった。それが為に今この騒ぎは複雑な流れになっているのだった。そしてそれはさらに螺旋状に話を混乱させ剣呑な方向に導いていたのだった。
「皇后様に御子はおられぬ」
「うむ」
 これもまた事実だった。
「そして昭儀様にはおられる」
「確かに」
 この事実もまた語られる。語られると共にそこには剣呑なものも宿るのだった。
「御世継ぎ様までな」
「ということはじゃ」
 一つの仮定が生み出された。
「皇后様は昭儀様をお怨みになり」
「昭儀様の御子様を」
「まさか」
 またこれは否定された。
「あの方はその様な方ではない」
「左様左様」
 このことは念押しさえされた。
「無忌様や遂良様も仰っておられる」
「あの方々もか」
「ならば嘘ではあるまい」
 彼等は太宗の時代からの重臣である。今の皇帝である高宗のことも子供の頃からよく知っており彼にとっては頭の上がらないかつ口煩い長老達だ。
「あの方々は嘘は申されぬ」
「そして真実を見抜かれるな」
「だからじゃ」
 この噂を否定する意見がここで強くなった。
「皇后様が殺したということは有り得ぬ」
「そうじゃそうじゃ」
 それに賛同する意見も出て来た。
「有り得ぬ。それはとても」
「皇后様がそんなことをされるとは」
「御子様を」
「だが言うぞ」
 話は当然のようにその噂の否定をさらにひっくり返す言葉が出て来た。ここに誰かの意図があったと考えるのはこの時には誰もいなかった。
「誰が他に殺したのじゃ、御子様を」
「それは」
「例え女の方であっても」
 宮廷では生まれる子は男が尊ばれた。これは宮廷がそもそも後継者、即ち男を育てることを至上命題としているから当然のことであった。もっとも女は女で使い物があるのはこの時
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