3部分:第三章
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第三章
「あの人が言ったんだったかな」
「それで初代はなれたんですか?」
「その弁慶に」
「いや、なれなかったらしい」
そうだというのだった。
「どうやらな」
「そうなんですか」
「初代も」
「初代は俺以上に威張った人だったそうだがな」
その気性は強く自信家だったと言われている。それで周囲と衝突することも多くそのせいで刺し殺されたとさえ言われている。
「それでも勧進帳ではな」
「それができなかった」
「そう言ってたんですか」
「ああ、弁慶になれなかったってな」
「じゃあ当世は」
「やっぱり」
「なってないから今こう言ってるんだよ」
まさにそうだというのだった。
「こうな。勧進帳だけじゃないがやっぱりあれは何度やってもなれないんだよ」
「だから何度も演じられてるのですか」
「それで」
「そうだよ。何度でもやるさ」
団十郎は言った。
「弁慶になるまでな」
「わかりました、それでは」
「弁慶見させてもらいます」
「ああ、頼むな」
団十郎は周りのその言葉に笑顔を見せた。そうしてだった。
そのうえでだ。その彼等に話した。
「それじゃあな」
「ええ」
「何ですか?」
「何か食いに行くか」
こう彼等に声をかけた。
「寿司でもな」
「ああ、いいですね」
「これと一緒にね」
一人が楽しげに笑って右手を自分の口の前でくい、とやってみせた。その動作だけで何のことか誰もがすぐにわかった。
「やりますか」
「そうするか。じゃあ今から行くか」
「ええ、じゃあ」
「寿司と酒を」
「勿論俺のおごりだ」
団十郎はまた笑って話した。
「飲むのも勧進帳の稽古のうちだしな」
「飲みますからね」
「だからですね」
「そうだよ、飲むからな」
勧進帳には飲む場面もある。富樫から選別に勧められるのだ。そしてそれを飲むのである。
その場面について話してだ。そのうえでだった。
しかしだ。ここでまた一人が言った。
「あの、ひょっとして」
「んっ、何だ?」
「あの場面って本当に酒を飲んでるんですか」
「ああ、そうだぜ」
団十郎は楽しげに笑って話した。
「いつもな。本物の酒を飲んでるんだよ」
「そうだったんですか」
「本当に飲んでるんですか」
「ああ、歌舞伎は本物をやるからな」
だからだというのだ。
「だから蕎麦って本物だろうが」
「ううん、飲んで最後まで演じるのは」
「やっぱり凄いですね」
「さて、じゃあ今度は寿司と一緒に飲むか」
こんな話をしてだ。団十郎は周りを連れて寿司と酒を楽しみに向かった。これが文化文政の頃の話である。
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