1部分:第一章
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「はい」
この女の名を任紅昌という。貂蝉は字だ。王允の養女であり彼は本来名前で呼んでもいいのであるがあえて字で呼んでいるのである。孤児であった彼女を引き取り育ててきた。今ではその美貌と機知、芸への才能で彼の自慢の娘となっているのである。その彼女がやって来たのだ。
「お悩みのようですが」
「何もないと言えば嘘になる」
王允は娘に顔を向けて答えてきた。
「わしの悩みは他でもない」
「やはりお悩みでしたか」
「この歳になるまで漢にお仕えしてきた」
彼は溜息をつくのを止めて答える。
「しかし。今は」
「相国様のことですね」
「うむ」
董卓のことである。彼はこの位にいて専横を極めている。言うならば国の宰相であり皇帝に匹敵する権限を彼は持っていたのだ。それもまた彼の横暴を支えるものであった。
「このまま専横が続けばどうなるのか。わしはそれが心配でならんのだ」
「相国様が身を慎まれることは」
「有り得ぬ」
首を横に振って述べる。暗い部屋の中でその首が幾つかに見えた。
「間違ってもな。それにどうにかしようにも」
「無理なのですか」
「到底無理じゃ。相国の力はあまりにも強い」
腕もたつ。伊達に長い間戦場に生きてきたわけではない。肥満してしまったがそれでも董卓の力も技も卓越したものであり既に刺客をその手で幾人も倒している。また用心深い性格であり服の下に鎧を着込んでもいるのだ。食事の毒見役も幾人もいる。
「しかも。その隣には」
「中郎将様ですか」
「そうじゃ」
呂布のことである。
「あの男には誰も勝てぬ。あの男がいる限りはどうしようもないのじゃ」
「そんなにですか」
「董卓はあの男を常に側に置き養子とすらしている。あの男だけはどうしようもない」
「それでは義父様」
「何じゃ」
娘の言葉に顔を向けてきた。
「相国様をどうにかできるのは中朗将様だけですね」
「そうじゃな」
その言葉に頷く。
「では御二人の仲を裂かれてはどうでしょうか」
「二人を争わせるというのか」
「はい」
貂蝉は答える。答えながら父の顔を見る。
「如何でしょうか」
「それはよいかも知れぬな」
王允はその言葉に思うものがあった。彼等、特に董卓は強欲な男だ。それを使えばどうかなるかと思ったのだ。
「しかしじゃ」
彼はここで言う。
「そう易々とは。わしの持っている宝でもどうにかなるとは」
「では女性ではどうでしょうか」
貂蝉は言ってきた。
「宜しければ私が」
「何っ」
王允はその言葉に息を呑む。娘の美しさは知っている。しかし。彼女を差し出すのは義理とはいえ親として耐えられぬことであった。彼は非情な男ではない。それはできなかった。
「しかしそれは」
「義父様」
貂蝉はここで言葉を強くさせる。
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