精神の奥底
45 自分と向き合うこと
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心奪われる人間は多いだろうとは思っていた。
だがこのこんなにすぐ近くでこの魅力に毒され続ければ、彩斗無しでは生きていけないとまで思ってしまう。
本当はガラス細工のように繊細で簡単に崩れてしまいそうで、それでいて凛々しい心で強く生きている彩斗の側にいて守ってあげたいというエゴが生まれる。
ちょうどミヤも同じように思ったのだろう。
長い間、いじめに必死に堪え、自分の心を隠し続ける彩斗の姿を遠目に何度も何度も見ているうちに、その強さと優しさに心奪われていき、気づけば彩斗の側に立っていた。
最初に彩斗からミヤの話を聞いた時から自分と近いものを感じたが、この想像は大き外れていないと確信した。
「…大したものね、全く衰えてない」
ハートレスもその演奏には納得し、いつもなら絶対に見せないような表情を浮かべていた。
いつも無表情ながらも、神経を尖らせて眠りや安らぎという言葉を忘れたようなハートレスがこの時ばかりは深く目を閉じ、安らかな表情になっている。
この変化は普段から顔を合わせている彩斗やメリーですら驚きだろう。
荒んだ心を癒やし、隠されていた本性が姿を現す。
そんな美しい旋律であることは疑いようがなかった。
そろそろ演奏開始から1分、雨雲が流れ、月を覆い隠し、一瞬目の前が真っ暗になる。
その瞬間、今まで溜め込むように続いた切なくも優しい旋律が一気に弾けた。
「!?…」
雨の激しさが増し、激しい旋律に変わった。
ちょうど季節が秋から吹雪の舞う冬へと移り変わった時と同じくらいの変わり様だった。
彩斗の指は凄まじい速度で鍵盤を叩いている。
吹雪の中を全力で走っているような光景が頭に浮かぶ。
だが変わらないのは、切なさが主旋律を形作っていることだ。
それがこの曲の一貫したテーマだった。
「…スゴイ」
次々と打ち込まれていく音のピースはパズルのように1つの形を作っていく。
彩斗を知っている人間ならば、誰でもそれが最終的に何になるのかは想像がついた。
彩斗の心そのものだ。
だがここまで忠実に彩斗の心が現れている曲があるとすれば、それは彩斗が自分で作曲したものだろうということはアイリスも察しがついた。
繊細で美しい曲と彩斗の演奏の技術が相まって、自分でも心が奪われていくのが分かる。
プロのピアニストに勝るとも劣らない演奏だった。
確かに彩斗が自信を持ってハートレスに演奏料を請求するのも分かる。
「Winter Footsteps…ですよ」
「え?」
「昔、スズカさんにファンレターと一緒に送った曲です。新曲で悩んでるってラジオで言ってたのを聞いて」
「…そう…なんだ」
メリーは小声でアイリスに曲のことを教えた。
僅かな情報だったが、少し彩斗の心の中が分かった気がした。
心に閉じ込めて
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