精神の奥底
45 自分と向き合うこと
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「『ピアノはそんな悲しい顔で弾くものじゃない。弾いている理由がなんであれ、例え悲しくてもそれを隠して弾くのが客とピアノへの礼儀』…だったね」
そう呟くと、一度、アイリスとメリーの方を向いた。
2人もまるでヒーローショーが始まる前の子供のように純粋な目でこちらを見ていた。
どうやら2人も聴いてみたいらしい。
特にメリーに関してはハートレス同様にかつて彩斗の演奏を聴いたことのある人間だ。
その演奏が懐かしくなったのか、疲れた表情ながらもアイリス以上に楽しみにしているような印象だ。
指でテーブルを叩き、スターダストの後遺症が僅かに残っていることを確認する。
彩斗はゆっくりと立ち上がり、何かスッキリした顔でベランダに出るとピアノの前に座った。
そして一度ため息をつき、鍵盤蓋を開く。
その仕草は流れるようにスムーズで何処か美しかった。
「いいよ。弾いてあげる。ただし努力はするけど鍵盤を壊さない保証は無いよ」
「……」
「あと、ハートレスからは演奏料をいくらか取る」
「あのね…演奏の腕には自信を持ってもいいけど、それは自信持ち過ぎ」
「リクエストは?」
「…特に無いわ。あなたがリラックスして自分と向き合えるように、思ったまま弾いてごらんなさい」
「…皆さん、今日はお忙しい中、またお足元の悪い中、来てくれてありがとう。今日は短い時間だけど、楽しんでいってくれると嬉しいな」
彩斗は立ち上がり、軽く演奏会らしく挨拶をすると、軽く会釈した。
アイリスとメリーはベランダの方に座っているイスを向け、それに応えるように拍手を送った。
彩斗はゆっくりと座り、両手を鍵盤の上に乗せた。
「フゥ…」
一度、深呼吸する音が僅かに響く。
それが演奏のスタートを告げた。
指がゆっくりと動き出し、その旋律を奏で始める。
ちょうとベートーヴェントのピアノ・ソナタ第14番『月光』の第1楽章に似ていた。
静かな月夜にふさわしい落ち着いた旋律、だが哀愁感に満ちた世界が広がっていく。
それを聴いているだけで、ハートレスとメリー、更にはネットナビであるアイリスの視界まで変わっていった。
月明かりが幻想的に屈折しながら広がっていく美しい光景に心から怒りや憎しみの負の感情が消えていく。
自分の身体までも果てしなく透明に透き通っていくような感覚に脳の奥が痺れていくのだ。
「ッ…」
まだ演奏が始まって30秒と経っていないというのに、既にアイリスはその旋律とそれを奏でる彩斗の美しさに完全に心奪われていた。
彩斗のその純粋な心が音となってアイリスを包み込み、彩斗の優しさに守られているという感覚で胸が一杯になっていく。
アイリスはその時、ようやくハートレスの先程の言葉を完全に理解した。
確かに彩斗の優しさや美しい容姿に
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