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藤崎京之介怪異譚
case.2 山中にて
I 8.21.pm4:29
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「おいっ!この蒸し暑い中、車なんかに放置して大丈夫なんかよ!?」
 小林は目を丸くして言ってきた。
 通常、リュートなどのバロック楽器は、温度と湿度を一定に保てる保管ケースにしまっておく。材質が日本の気候に適さないためだ。下手に放置しようものなら、弦が切れるどころか本体まで歪んだり裂けたりする。それだけデリケートなのだ。
「安心しろ。専用ケースに入れてあるから…。」
 だが高い。涙が出るほど高いものだが、出張演奏にも必要だから買っておいて損はないのだ。
 今は三人、それぞれの道を歩んでいるが、大学時代にはこのメンバーで室内楽演奏会を催していた。
 無論、その時の俺はチェンバロだったがな。
 だがメンバーがメンバーだけに、曲目は限られてはいたが…。
 実はもう一人、河内孝道という親友がいたのだが、大学二年になった年に事故で亡くなってしまったのだ。この河内が通奏低音を担い、チェロとコントラバスを演奏していた時期があった。
 生きていたら、きっと優れた演奏家になっていたと思う…。

 日が山蔭に沈んでゆき、昼間の空気を追いやるかのように、涼しい風が辺りに吹き始めた。
 そんな夕暮れの中に、数匹の蜩が物悲しげに鳴いている。
「炭は足りてるか?」
 俺が料理をせっせか作っていると、不意に小林が尋ねてきた。
「充分足りてる。あ、そこのやつ出来てるから、先持ってってくれよ。」
「あいよっ!」
 こういう時の返事は実に宜しい。ふと見ると、鈴木のヤツはどこかに散歩にでも出てるようで、室内に彼の姿はなかった。
 ま、そういうヤツだ。飯時にはしっかりと帰ってくるから問題はない。但し、洗い物は全て遣らせるがな。
 暫くして料理も出来上がり、後は食べながらのんびりと過ごすだけとなった。
 それを嗅ぎ付けてか、出掛けていた鈴木がフラリと戻ってきた。鼻歌なんぞ歌いながら、なんだか上機嫌だ。
「腹減った。」
 第一声がそれか?一体どこの坊やだっての!
 俺と小林は顔を見合せ、何にも変わらない鈴木を笑ってしまった。
 だが、鈴木はそれを気にすることもなく、ずかずかと中に入って行ったのだった。
「全く、ほんと変わらんよなぁ…。」
 小林はそうため息混じり言うと、俺と一緒に彼の後に続いて行ったのだった。






  春も遠きと

    思いける

 われ黄昏て

    世を眺むなれ



 これは黄昏時から夜にかけ、橙から藍へと変化する空を見上げて詠んだもの。
 好きな人と同じ空ではない…そう思うと、無性に寂しくなってしまいます。暖かいにも関わらず、心は凍てついたまま…。
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