六十二話:プリンセシア
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男はこの半年間を無駄に過ごすような愚かな人間ではなかった。
「剛……絶拳っ!」
―――剛拳。
何もない空間に放たれた拳はそれだけで大気を揺るがし、叩きつけるような音を辺り一帯に響かせる。
力は衝撃波となり、辺りに撒き散らされ地をはぎ取り、石を砕いていく。
衝撃が無くなった後には男以外の物は何一つ残っていなかった。
そう、この荒野は男―――ビズリーがその拳一つで創り出した空間なのだ。
「ようやく、完成したか。生身の状態でこれなら申し分あるまい」
息一つ乱さずにそう呟き、黄金の懐中時計を取り出して時間を確認する。
そろそろ頃合いだと判断したビズリーは荒野に背を向けて最後に殺すべき相手―――自身の息子の元に歩き始める。
ビズリーの胸には息子を殺すという苦悩も後悔もない。
その胸の中にあるのはただ一つの感情―――憤怒。
まるで燃えたぎる業火のように―――
まるで静かに輝くかがり火のように―――
彼の心を染め上げている。
「オリジン、クロノス、マクスウェル……それにその他の精霊共。必ず、一族の無念を晴らしてくれる」
己の一族に科せられた呪いへの邪念。
自身の愛する者を利用せざるを得なかった苦悩。
死後すら弄ばれる無念。
再び得た生でも家族と殺し合う事でしか願いを叶えることのできない理不尽。
それら全てをビズリーは怒りへ―――憤怒の炎へと昇華していた。
魂の昇華という話ならビズリーという男もまた昇華できる人間なのだろう。
己の為すべきことの為なら自身の命すら道具として扱うことが出来る人間が一体何人いるだろうか。
方法こそ、褒められたものではないかあそこまで純粋に世界を救おうともがくことのできる人間が何人いるだろうか。
審判の門に辿り着きながらその拳をただ一つの願いへと届かせることの出来なかった男。
冷徹な仮面の下に誰よりも熱く煮えたぎる心を持ちえた超越的な人間。
「コーネリアの死を……クラウディアの死を……決して無駄にはせん。必ず、取り戻してみせる」
審判を越える道具として使い果たした前妻であるコーネリアはクルスニクの鍵だった。
その能力に目をつけ、橋の生贄を産み落とさせるために結婚した。
だが、確かに彼女の事を愛していた。クルスニクの鍵として使う時も彼女の同意の上であった。
……勿論、その死すらも。
一族の為に、息子の為になるならと自ら進んで力を使ったコーネリアはクロノスとの激戦の末に彼の腕の中で消え去っていった。
愛する妻を失っても彼は涙一つ流さなかった。妻の最後の願いである息子の、ユリウスを橋として使う事を決めた。
それを知った後妻であるクラウディアはルドガーを身籠ったさいに息
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