第二百十四話 家康の馳走その一
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第二百十四話 家康の馳走
北条氏康は己によく似た顔だがまだ若い男に声をかけていた。その相手は言うまでもなく彼の嫡男氏真だ。幻庵と綱成も共にいる。
「さて、これからの我が家はじゃ」
「はい、織田家の下で、ですな」
氏政も父に応える。
「生きていくのですな」
「そうするのがよい」
こう氏政に言う氏康だった。
「最早天下は定まったな」
「はい」
「だからじゃ」
「最早兵も動かさず」
「政に心を砕くのじゃ」
「領国のですな」
「それを考えるのじゃ、それに」
さらに言う氏康だった。
「大名達はもう力を持てぬ」
「そういえば当家も」
「江戸城の普請のかなりのところを受け持っておるな」
「銭も人も出しております」
「そうしたことがこれからもある、それにこれからは一年ごとに安土と領国を行き来することになり安土の屋敷もな」
こちらのことも言うのだった。
「あちらも建てているだけで銭がかかる」
「そうして銭を出させて」
「我等の力を削いでいく」
「大名達も」
「そうして天下の乱の芽を摘み取っていくのじゃ」
「ううむ、それはまた考えていますな」
「法も諸法度を定めた」
このこともあった。
「その政はかなりのものじゃ」
「これまでの幕府と比べても」
「相当にな」
「だからこそですか」
「天下は一つになれば乱れぬ」
このまま収まればというのだ。
「だからな、我等はな」
「織田家の下で生きますか」
「そうする、決して乱を起こす様なことはするな」
家督を継ぐ嫡子への言葉だ。
「よいな」
「はい、若しその様なことをすれば」
「苦しむのは民じゃ」
「民を苦しめては」
「何もならぬ、だからな」
「わかりました」
こう言って頷く氏政だった、そして。
ここでだ、氏康は幻庵と綱成にも言ったのだった。
「さて、この度の宴じゃが」
「はい、徳川殿のですな」
「あの御仁の宴ですな」
「上様の宴は天下の贅を尽くした宴じゃった」
まさにそうだったというのだ。
「しかしな」
「徳川殿の宴はどうか」
「どういったものか」
「それが、ですな」
「見るべきものですな」
「そういうことじゃ」
こう言うのだった。
「間違いなく山海の珍味はない」
「明や南蛮の馳走も」
「そうしたものもですな」
「ましてやあの蒲萄の酒も」
「そうしたものも」
「一切ない」
このことはもうわかっているというのだ、既に。
「質素なものじゃ、しかし」
「その質素な宴に、ですな」
「見るべきものがある」
「徳川殿のお心が」
「あの方のそれが」
「わしはそれを見る」
見たいではなく、というのだ。
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