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彼岸花
5部分:第五話
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 秦王と側近達の危惧は当たっていた。彼は友の仇をとる為に秦王の命を狙っていたのである。
 その筑には常に鉛が入れられていた。そして機を窺っていた。
 秦王は暇があるとその筑を聴いていた。それ程までに彼の奏でる曲に聴き入っていたのだ。
 それが狙いであった。彼は秦王が完全に油断するその時を狙っていたのだ。
 その時だった。彼は不意に演奏を止めた。
「む!?」
 そして筑を投げた。だがそれは外れてしまった。目が見えてはいなかったからだ。
 彼は秦王暗殺の咎で処刑されることになった。最後に彼はこう呟いた。
「荊軻殿、済まぬ」
 そして彼は荊軻の後を追った。
 荊軻の遺体は最初は晒し者にされ打ち棄てられていた。だが心ある者が密かに拾いそれを葬った。その墓は知る者ぞ知る存在となっていた。
 その墓には時折参る者がいた。
「項羽よ」
 初老の男の声がした。
「これが荊軻の墓じゃ」
 その墓の前に小柄な男がやって来た。
「ここがですか」
 その後ろから太い男の声がした。そして天を衝く程の大男が姿を現わした。
 威風堂々たる男であった。まだ二十にも達してはいないというのにその気は国を覆わんばかりであった。
「そうだ。あの男を暗殺しようとした男じゃ」
 彼は後ろの男に対して語った。
「失敗はしたがな」
「そうですか」
 若い男は何の感慨も込めずそれに頷いた。
「無念だったでしょうな」
「だがその心は忘れてはならぬぞ」
「わかっております、叔父上」
 彼は前にいる男に答えた。
「我々も秦を倒そうということでは彼と同じですからな」
「その通り」
 男は頷いた。
「例え三戸になろうと秦を滅ぼすのは楚だ。わかっておるな」
「はい。そして我が祖父の仇」
「うむ」
 男は険しい顔をしてそれに頷いた。
「秦を滅ぼすのは我等でなければならぬ」
「あの派手な宮殿も炎の中に入れて消してやりましょうぞ」
「そうだな。この世には秦は不要」
「そしてあの男も」
 二人は強い声で言った。その声には激しい憎悪があった。
「それがわかっておればよい。機が来たならば動くぞ」
「ハッ」
 二人はそう言うとその場を去った。その周りには赤い花が咲き誇っていた。
「まだ夏だというのに」
 若い男はそれに気がつき目をやった。
「不思議なものだ。それでもこの場によく合っている」
 だが彼はこの花を何故か好きにはなれなかった。
「私はひなげしの方がいいな」
 それもどうしてかわからない。これはあくまで彼の好みの問題であった。
 二人は墓から去った。それから暫くして一人の男が墓の前に姿を現わした。
「ここが荊軻の墓ですか」
 声も容姿もまるで女性のようであった。だが彼はまごうかたなき男であった。
「さぞかし無念であったこと
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