暁 〜小説投稿サイト〜
彼岸花
4部分:第四話
[1/5]

[8]前話 [1] 最後 [2]次話

第四話

 全ては整った。だがそれでも彼は動こうとはしない。やはり何かを待っていた。
 そんな彼に痺れを切らし丹は屋敷にやって来た。
「荊軻殿」
 彼は荊軻と庭で話をした。既に寒くなりだしており木々にも葉は少なくなってきていた。空も沈んでいる。
「全て整っております。出られぬのは何かを待っておられるのですか」
「はい」
 荊軻はそれに対して答えた。
「友を待っております」
「友を」
「はい。手紙をよこしたところこちらに来てくれるそうです。彼が来たならば事は必ずや成りましょう」
「その御友人を暗殺の補佐にするのですね」
「はい」
 彼はそう考えていたのだ。
「それで全てが整います。私が動くのはそれからです」
「しかし」
 だが丹は焦っていた。彼にとっては一刻も無駄には出来なかったのだ。彼は秦と秦王を心底恐れていた。
「一刻の猶予もなりませぬ。秦は既に国境まで迫っているのですぞ」
「それはわかっております」
 荊軻は答えた。
「ですが焦ってはなりません。急いては事を仕損じます」
「ですが」
 丹の顔が焦燥に支配された。
「いえ」
 荊軻はここで語気を強くした。
「私はあの剣一本で秦王の前に向かうのです。失敗は許されません」
「共の者でしたらもう用意しておりますし」
「誰ですか」
 荊軻は問うた。
「秦舞陽です」
「あの男ですか」
「はい」
 秦舞陽は燕においてはそれなりに名の知られた男であった。
「彼は十三でもう人を殺し、力も肝もあります。彼ならばいいでしょう」
「いえ」
 だが荊軻はそれに首を横に振った。
「あの者では荷が重過ぎます」
 彼はやや下を俯きながら答えた。
「彼は只の乱暴者です」
「そうでしょうか」
「少なくとも私はそう思います」
 彼はあくまで意見を変えるつもりはなかった。
「もうすぐです。その時になったら発ちましょう」
「わかりました」
 丹はそれに頷こうとした。だがそれは出来なかった。
「殿下」
 ここで燕の重臣の一人が慌てて入って来た。
「どうした」
 丹は彼に対して問うた。
「秦が動きました。我が国の国境に向けて大軍を差し向けて来ました」
「何っ」
 荊軻はそれを聞いて事ならず、と感じた。
「既に我が軍も兵を向けております、ですがやはりその差は覆せません。このままでは苦戦は必至かと」
「むむむ」
 丹の顔が青くなっていく。そして荊軻に顔を向けた。
「荊軻殿」
「わかりました」
 彼は観念したように言った。
「行きましょう、最早考えている暇はありません」
「はい」
 彼は観念していても事を果すつもりであった。そう決心して丹に答えた。
 こうして彼の出発が決まった。彼は秦に向けて発った。
 事情を知る僅かな者達だけが
[8]前話 [1] 最後 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ