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彼岸花
4部分:第四話
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彼を見送りに向かった。当然丹が主である。
 皆白装束であった。それは将に死者を見送りものであった。
 彼等は易水にて宴の場を持った。そしてそこで別れの杯を交わすことになった。静かな宴であった。
 辺りにある草木も殆ど葉が落ちていた。だがただ一つ赤い花だけがそこに咲いていた。
(あの花か)
 荊軻はその花を見て心の中で呟いた。彼岸花であった。
(こんな寒いのに咲いているとはな)
 彼はそれを見ただけで何か嬉しい気持ちになった。これから死地に向かうというのに自分でも不思議であった。
 思えばこの地に来たのもあの花が北に向いてなびいていたからであった。
(見送りかな。私をこの地へ導いた最後の仕事として)
 そう思ったがこの花とはまた別の花だ。あれは衛の国のことであった。
 それでも何故か同じ花に思えた。それが自分でも不思議だった。
「荊軻殿」
 だがここで丹が声をかけてきた。
「あ、はい」
 彼はその言葉にはっとして我に返った。
「飲みましょう、最後に」
「わかりました」
 彼の他に誰もあの花に気付いていないようである。これは幸いであったかも知れない。
「では」
 彼はそれを受けて杯を上にかざした。丹もそれにならう。他の者もである。 
 酒を飲み交わした。それから丹が彼に対して言った。
「お別れです」
「はい」
 彼等は白い服のまま杯をあける。そして一通り飲み終えると荊軻は立ち上がった。
「ここで詩を一興」
「はい」
 別れの詩であった。一同耳を澄ませてそれを聞いた。

 風蕭蕭として易水寒し
 壮士一度去かば復たび還らず

「ごきげんよう」
 それを読み終えると彼は一同に背を向けた。そして馬車に乗った。
 馬車は秦に向けて出発した。荊軻は後ろを振り向かなかった。
 丹も他の者も何も言わなかった。ただ涙を流し荊軻を見送っていた。
 彼の馬車が次第に遠くなっていく。そして遠い道の中に消えていった。
 荊軻は遂に後ろを振り返ることはなかった。ただ秦の方を向いているだけであった。

 やがて秦に着いた。彼は早速秦王の側近の一人に近付き贈り物をした。秦王へのとりなしを頼む為であった。
「陛下」
 彼は秦王の前で上奏した。
「燕の使者が着ております」
「ほう」
 彼は玉座の上からその者を睥睨しつつ問うた。
「燕は陛下を恐れ降伏を申し出てきました。そしてこれからは秦の臣下になると言っております」
「そうか、それはよいことだ」
 彼にとってもそれは願ってもないことであった。一兵も減らすことなく国が手に入ればそれにこしたことはないからだ。
「その忠誠の証として燕の南の地図と財宝を献上に参っておりますが」
「よい心掛けだ。褒めてやると伝えよ」
 ここで彼は荊軻に会おうとは考えていなか
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