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彼岸花
3部分:第三話
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を問われても動ずるところがなかった。
(よし)
 荊軻はそれを見て内心会心の思いであった。
「そうです。そのお覚悟はありますか」
「・・・・・・・・・」
 彼は暫し答えなかった。だがやがて口を開いた。
「荊軻殿、私は武人です」
 彼は言った。
「ましてや失うものなぞもうない。今更命を惜しんでどうしましょう」
「その言葉、偽りはありませんな」
「はい」
 彼は強い声で答えた。
「私を匿ってくれた燕の為、そして仇討ちの為ならこの樊於期喜んでこの命を捧げましょう」
「わかりました」
 荊軻はそれを受けて頷いた。
「それではお話しましょう」
 そして彼は秦王暗殺計画について話はじめた。話が終わると彼は樊於期をさらに強い目で見た。
「この様に将軍の首が必要なのです。お解り頂けたでしょうか」
「はい」
 彼は快く答えた。
「私の首一つでそれが成るのなら何と安いことでしょう」
「そうですか」
 だが荊軻はその言葉に哀しい陰があるのを見逃さなかった。だがそれを表に出すわけにはいかなかった。
「それではお願いします」
 そう言って頭を深々と下げた。樊於期はそれを微笑んで受けた。
「それではお待たせするのも失礼ですから」
 すぐに立ち上がった。後ろに置いていた剣を手にする。
「この首、存分に使って下され」
 そう言うと首を掻き切った。そして血の海の中に倒れた。
「・・・・・・有り難うございます」
 荊軻は彼の亡骸に対して礼をした。そして共の者を呼んだ。
「将軍は自害された」
「えっ」
 それを聞いた共の者は思わず声をあげた。
「立派な最期であった。だがまだやるべきことがある」
「それは」
「将軍の首を塩漬けにせよ。そして丁重に弔うようにな」
「わかりました」 
 共の者はそれに応えた。こうして樊於期の首は塩漬けにされその遺体は丁重に葬られた。そしてその後で丹に伝えられた。
「そうか」
 丹はそれを聞いて力なく頷くだけであった。こうするしかないのは薄々わかっていた。だがそれでも彼を殺すことはではしなかったのである。自分を頼って来た者を殺すことは彼にはできはしなかったのだ。
 しかし事は全てが済んでしまっていた。丹はそれを聞いて覚悟を決めるしかなかったのであった。
 荊軻はそれについては何も言わなかった。ただ屋敷に帰り何かを待っているようであった。





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