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彼岸花
3部分:第三話
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他に何か方法がある筈です」
「それも考えました。しかしやはりありませんでした」
「そうなのですか」
「はい」
(やるしかないようだな)
 荊軻は丹の様子を見て覚悟を決めた。だがそれもまだ口には出さない。
「それは不可能です」
「何故ですか?」
 丹は問うた。
「秦王の宮殿には無数の武装した兵士達がいるでしょう。彼等は秦の兵の中でも精鋭揃いです」
「それはわかっています」
「そのうえ彼は用心深い。側の者には帯剣すら許してはいないそうです」
「それもわかっています」
 丹はあくまで食い下がってくる。
「ですが私にも考えがあります」
「何でしょうか」
 荊軻は尋ねてみた。
「秦王が財宝を好むのは御存知でしょうか」
「ええ」
 彼は見事な宮殿を建てさせそこに天下の財宝を集めている。人を信じることのない彼はそこに心を満たすものを求めているのである。
「山の様な貢ぎ物を差し出せば必ず出て来るでしょう。そこを討つのです」
「そこをですか」
「はい、既にその財宝は用意してあります。私に出来ることならば何でも致しましょう」
「ふむ」
 荊軻はここで目を閉じた。
「燕の命運を私に委ねられるというのですな」
「はい」
 丹は答えた。
「私の命も全て貴方に捧げましょう。今私は貴方に全てを託します」
「わかりました」
 ここに至りようやく彼はそれを了承した。
「この仕事、喜んで引き受けましょう」
「まことですか!?」
 丹はその言葉に思わず顔をあげた。
「はい。この荊軻嘘は申しません」
 彼は強い口調でそう言いきった。
「必ずや秦王を暗殺致しましょう。その為にはこの荊軻全てを捧げます」
「有り難い」
 丹の目は既に濡れていた。そして荊軻に対して恭しく頭を垂れた。
 こうして彼は刺客になることを了承した。丹はすぐに彼を上卿に迎え、屋敷を与えた。そして彼に御馳走や美酒、美女を贈った。彼に期待しているからだ。

 だが荊軻はその生活を楽しむだけであった。腰を上げようとはしなかった。
 その間に秦の侵略の手は迫っていた。遂に趙を滅ぼし燕の国境に迫っていた。それを見た丹は危機を覚え荊軻の屋敷に向かった。
「荊軻殿」
 彼は慌てた声で荊軻に対して語りかけた。
「遂に秦が国境まで迫って来ました。最早一刻の猶予もないかと存じます」
「そうですか、いよいよ」
 だが荊軻は冷静なままであった。
「ではそろそろ動く時ですな」
「おお」
 丹はそれを聞いて思わず喜びの声をあげた。
「秦王は用心深い。これは以前にもお話しましたな」
「はい」
 丹は答えた。
「余程のことがない限り近付くことは出来ませぬ。しかし今ならば降伏の使者として近付くことが可能です」
「あっ」
 丹はその言葉にハッとした。

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