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彼岸花
2部分:第二話
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言葉を失った。まさかこのようなことになるとは夢にも思わなかったからだ。
(ううむ)
 彼は心の中で思った。
(私は燕の者ではない。ただ流れ着いただけだ。そのようなことをする仁義はない。だが)
 田光を見た。
(しかし先生にはいつも目をかけて頂いている。それを忘れたことは一度もない。士は己を知る者の為に動くという)
 彼はここで侠の心を思い出した。それに従わないわけにはいかなかった。
「わかりました」
 彼は答えた。
「先生のご期待に添えましょう」
 そう言って頭を垂れた。
「引き受けて下さいますか」
「はい、この命燕に捧げましょう」
「命もですか」
「はい」
 荊軻は顔を上げた。その顔は真剣なものであった。
「これでもう思い残すことはない」
 笑った。だが何処か寂しげな笑みであった。
「先生、その御言葉は」
「荊軻殿」
 田光は荊軻に言った。
「最後に太子にお伝えしたいことがあるのですが」
「最後などと」
 荊軻はその言葉を笑い飛ばそうとした。だがそれはできなかった。田光の目は真剣そのものであったからだ。
「宜しいでしょうか」
「はい」 
 そう答えざるをえなかった。
「有り難い」
 田光はそれを受けて笑った。それから言った。
「優れた者は事を為すに当たって人に疑いを抱かせないといいます」
「はい」
 それはよく言われている言葉であった。荊軻はその言葉に対して頷いた・
「私はここに来る時殿下に言われました。『決して他言せぬように』と」
 だがこれは常に言われる言葉である。少なくとも荊軻はそう思った。だが彼は違っていた。
「これは私を疑っておられるということです」
「いや、それは考え過ぎでしょう」
「いえ」
 田光はそれには首を横に振った。
「違います。以前の私はそうではありませんでしたから」
「たまたまです。おそらく殿下も国の大事故そう申されたのでしょう」
「それでもです」
 だが田光は結局納得しなかった。
「私も老いました。人に疑いを抱かせるようではもう終わりです」
「それは少し」
「荊軻殿」
 彼は強い声で荊軻に対して言った。
「もうお話することはありません。私は自分の考えを変えるつもりはありません」
「それでは・・・・・・」
「はい」
 田光は答えた。
「これでお別れです」
 彼はそう言うと懐から剣を取り出した。そして呆然とする荊軻が止めるのより早くそれを首に突き刺した。
「せ、先生!」
 ようやく動けるようになった彼は田光に近寄った。だが彼は既に血の海の中にいた。
「最後に殿下にお伝え下さい」
 彼はその中で荊軻に対して最後の願いを託した。
「これで秘密は守れましたと・・・・・・」
 そして事切れた。後には呆然とする荊軻だげが残った。

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