2部分:第二章
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第二章
「芸術こそが至高のものだというのに」
「違う。人として礼儀は欠かせないものだ」
「芸術よりも上だというのか」
「芸術は確かに素晴らしい」
ゲーテもそれは認めた。
「そして貴殿の芸術もだ」
「ならだ。余計にな」
「貴族に頭を下げるなというのだ」
「そうだ。貴族なぞは俗なものだ」
芸術至上主義の前にはだ。そうなのだった。
「それで何故だ。貴族に頭を下げたのだ」
「何度も言うがだ。あの方にはお世話になっているのだ」
「しかし貴族だ」
「貴族やそうした問題ではない」
ゲーテも怒りだした。遂にその感情を前に出した。
「問題なのは礼儀だ」
「その礼儀故にだというのか」
「人は礼儀を忘れてはならない。そもそもだ」
「そもそも何かというのか」
「貴殿はあまりにも頑迷に過ぎる」
ベートーベンのその性格をだ。ゲーテは彼の顔を指し示して指摘した。
「貴殿のことは知っている。しかしだ」
「私が頑迷だというのか」
「それ過ぎる。そんなことはどうでもいいではないか」
「貴族に頭を下げることはか」
「そうだ。そんなことはどうでもいいのではないのか」
「いい筈がない」
ベートーベンもだ。目を怒らせてゲーテに返す。その声はさらに大きくなっている。
「芸術家が芸術を至上のものとしなくてどうするのだ」
「それはその通りだが」
「では頭を下げる必要はないのだ」
「ある、礼儀だからな」
「まだそう言うのか」
「何度でも言う。人は文明的であらねばならないからだ」
啓蒙思想だった。ゲーテもこの思想に深く関わっている。
「それ故にだ。野蛮になぞなってはならない」
「ふん、文明的なら貴族は余計にだ」
ベートーベンもまた啓蒙思想を口にする。彼の啓蒙思想をだ。
「不要。人は自然に帰るべきだ」
「ルソーか」
「そうだ、ルソーだ」
彼が話に出すのはこの思想家だった。
「自然だ。貴族はその摂理に反する」
「だから頭を下げるなというのか」
「絶対にだ。文明は芸術が創るものだからだ」
ベートーベンはさらに言う。
「貴殿ならばその文明を築けるのだ」
「礼儀のない文明なぞ文明ではない」
ゲーテも負けていない。一歩も退かない。
「だから貴殿は間違っている」
「間違っているのは貴殿だ」
「いや、貴殿だ」
二人共掴み合いにならんばかりに言い合う。二人の散策はこうして大喧嘩に発展して終わった。そしてだ。
ゲーテはだ。後にベートーベンを評してこう言った。
「彼は野獣だ」
実に忌々しげにだ。こう評したのである。
そしてそれと共にだ。深い洞察と共にこうも述べたのだった。
「しかし労わってやらねばならない」
遠くを見てだ。そのうえでの言葉だった。
「哀れむべき野獣なのだから」
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