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第三章

 その懐からあるものを出してきた。それはだ。
 詩だった。それをネロに見せてだ。そのうえで言ってきたのだった。
「この詩は御覧になられたことはありますか?」
「これは確か」
「はい、ホメロスのものです」
 古代ギリシアの偉大な詩人だ。彼の詩だった。ネロはギリシア文化に憧れておりそちらへの造詣が深い。だからホメロスの詩にも知っていたのである。
 そしてそれを見てだ。彼は言うのだった。
「いい詩ですね。何時読んでも」
「そう思われますか」
「ホメロスは素晴らしいです」
 その憧れを隠すことなく述べるネロだった。
「出来れば何時かギリシアに行きたいと思っています」
「そしてギリシアをその目で、ですね」
「そうです。今は読んでいるだけですが」
「そうですね。皇帝は読まれていますね」
 セネカの言葉がだ。ここで思わせぶりなものになった。
 そしてそのうえでだ。彼にこうも言ってきたのである。
「今も」
「はい、それが何か」
「皇帝は詩を愛されています」
 怪訝な顔になり己を見ているネロにだ。セネカは話していく。
「そしてそれを皇帝に見せているものはです」
「それは何でしょうか」
「文字です」
 まさにだ。それだというのだ。
「文字が皇帝に詩を見せているのです」
「詩をですか」
「詩は非常に美しく素晴らしいものですね」
「若しもこの世に詩がなければ」
 どうなのかとだ。ネロはその恐ろしい事実を想像してからセネカに答えた。
「この世の楽しみは殆どなくなってしまいます」
「そうなってしまいますね」
「はい、まさに」
 こうだ。若しそうなった場合に対して怯えながら答えるのだった。
「恐ろしいことです」
「そうですね。しかしその詩はです」
「文字によって私は見るのですね」
「そうなるのです。ですから」
「文字はですか」
「確かに死刑等のサインにも必要です」
 これは事実だった。紛れもないだ。
 だがそれでもだとだ。セネカはネロに述べるのだった。
「しかし美しいものもです」
「それも見せてくれるのですね」
「その通りです。醜いものもあれば美しいものもあるのです」
「文字にはですか」
「あります。このことをよくご承知下さい」
「わかりました。ではです」
「はい、塞ぎ込まれることはないのです」
 文字を覚えた、このことについて。
「それによって美しいものも見られるのですから」
「わかりました。しかし」
 セネカの話を聞いているうちにネロの顔は明るいものになっていた。しかしだった。
 その顔でだ。彼はこう言うのだった。
「不思議なものですね。文字は人の命を奪いますが」
「しかしこうして人の心を生かしもするのです」
「そうですね。その両方を為し得るのですか」

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