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猫の憂鬱
第4章
―4―
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うな黒い軸に触れ、涙が溢れた。
御免、御免、雪村さん…。
此れが贖罪とは思わない、思わないが、霞む視界で設計図を製作した、雪村が歩むであった其の道を、進んだ。泣きながら、設計図を完成させた。
其の時には、兄のセイジみたく、痩せこけていた。

――嗚呼、やっちゃった。

セイジからの連絡は、事故を起こした一年後だった。

――しくった、息子の趣向を把握しておくべきだった…
――何…?
――涼子を殺すつもりが、息子を殺してしまった…

幻聴かとうたぐった。
セイジは確かに息子を、我が子のように愛していた。

――トリカブトで作った蓬餅…、息子が誤飲した…

セイジの計画はこうだった。
自分が出掛ける前に、涼子が好物の蓬餅をトリカブトで作った、其れをアトリエに置いて居たのだが、うっかり息子が摂取した。

――彼奴、アトリエに入ったらカンバスしか目に入らないからな…
――兄貴…?
――嗚呼、大丈夫、僕は疑われて居ない。いや、確かにベルリンの当局から疑われてはいるが、所詮僕は、コウジ、だからね。なんで叔父が甥を殺さなきゃならないんだ。

壮大な、兄の計画を知った。
セイジの作製した、トリカブトの蓬餅で涼子を毒殺、天涯孤独な息子の親権を残された叔父のコウジに相続させる手筈だった、然し実際に死んだのは誤食した息子で、涼子は存命している。其れで、支離滅裂な青山涼子の、息子は旦那が殺した、の発言に繋がる。
そう、息子を殺したのは、紛れもなく夫だった、青山涼子は、正しい発言をした。誰からも信じて貰えなかったが。

――此れじゃなんの為にコウジ名乗ってるか判らない。
――兄貴!?
――手を考える。涼子は此れを機に日本に帰ると云ってる。其処でコウジ、頼みたい。

ほとぼり冷めた時、十年二十年先で良い、涼子に近付け。財産は五分の一も減ってない……セイジの魔力にコウジは頷いた。
建築士としての雪村の名が大きくなった。
此れで良いよな、雪村さん。
月命日、雪村にコウジは呟いた。
あれから五年、雪村凛太朗は、一級建築士に迄名を馳せた、其れが、コウジの弔いだった。
涼子は果たして帰国した。
帰国したとセイジに聞かされたが探す気は無かった。
唯、一度出会った人間は、もう一度巡り会うよう道が出来て居るのだと、目の前に現れた涼子を見て思った。

――やっぱり。
――え?

先に声を掛けて来たのは涼子の方だった。
此の時出会ったのは偶然で、初めて入った喫茶店で仕事を纏めている最中だった。
レモンイエローのワンピース、少し明るい髪色、涼子は美しかった。

――一瞬セイジさんかと思ったわ。貴方、コウジさんよね?

涼子の笑顔は、五年前と何も変わらず綺麗だった。痩せた自分に対しセイジに似ていると云った。

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