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竜門珠希は『普通』になれない
プロローグ:4人兄弟姉妹、☆空レストランへ行く
そもそも現状BADEND√
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「……わかった。今回は諦める」
「そうだね。それがいいと思うよ」


 先に折れたのはお父さんのほう。
 温野菜の完成を告げる電子レンジの音で決意を固めたのか、仕方なさそうではあるけれど、これが目の前の押し迫った納期や発売延期の可能性に伴う損害と、ゲーム制作に必要な複数の要素――原画、グラフィック、スクリプトがこなせるあたし(スタッフ)を失うことを天秤にかけた結果だ。
 妥協と断じてしまえばそれまで。不完全商法もあたしとしては嫌いだけど、より良いものを作るためなら何度でもやり直したいのに、実際は結果を出す期日というのが決められていて、時間はどんな手を使っても止められない。それを思い知らされたのもあたしがお父さんの手伝いをするようになってからだ。


 電子レンジから温野菜を取り出し、押し黙っていた間に作れずにいたスープに必要な材料をガラス戸や冷蔵庫の中から引っ張り出しながら、あたしはダイニングテーブルに引き返したお父さんに向けて思い出したように言っておいた。

「……あ、追加CGとシナリオは完全版商法にでも使えばいいんじゃない?」

 それに対しての返事は、考えてみよう、その一言だけだった。



  ☆  ☆  ☆



 仮にフリーになったとして、一歩踏み出す先で、もう『普通』じゃいられないことは百も承知している。
 そもそも、こうなる前まで十分に『普通』じゃなかったとあたしは思い返す。

 お父さんもお母さんもメディアこそ違えどともにアダルト産業従事者で、お兄ちゃんは10人中8人がイケメンという外見をまったく有効活用しない声優オタ。この時点で何かが間違ってる。しかも弟は野球バカなのに、妹は見事にお父さんとお母さんとお兄ちゃんの手によってオタの世界に染められてしまった。

 そして世界的に治安がいいこの国で、大抵の少女は幼い頃に近所のおじさんに誘拐・乱暴されかけたりしない。誰もしない家事ができるようになったからって職業:専業主婦()と対等かそれ以上の家事スキルを易々と手に入れたりしない。絵が描くのが好きだったからって小学生のうちからフォトショップ使いこなして、中学生でergの原画に彩色して、原画を描いてお小遣い稼ぎなんてのもしない。警察呼びながら足技だけで連続婦女暴行犯を生殖機能ごとツブしたりもしない。制作参加したゲームのスタッフさんたちと一緒に収録現場に出向いて、自分の描いたキャラに声をあててくれた声優さんと運よく知り合って、嬉々として握手求めてサインもらったりしない。

 ちなみにその時もらったサイン入り台本は今でも宝物として保管しているけど、死んだら一緒に棺桶に入れてもらおうとか思ってる。

 そんな生活しながら、今年から現役女子高生始めたり――とか、それ全部あたしじゃん……
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