後日談の幕開け
四 幕開け
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暇さえない。
今は。彼女のことだけを考えて。アリスはマトの錯乱、その内に。あの怪物、死に掛けのそれに連れ浚われて――それも、自分のせいだと。自分が戸惑いなどせずに。止めを刺すことが出来たなら。彼女を、こんな目に合わせることは無かったのに、と。零れ落ちて流れ続ける涙、嗚咽、止めることも出来ないまま。回らない頭、痛みの一つも感じない体で。只、只。
冷たい、冷たい。体、胸の奥。苦しいばかりの。何故目覚めたのか、目覚めさせられたのかと。問えど、答えなど。返ってくるはずもなくて。
止まりかけた足を無理に動かす。埃塗れの床、這いずった跡、落ちた粘菌。跡を辿り、階段。駆け登り、上へ、上へ。赤く。それは、彼女……ソロリティも変わらず。半ば、呆然としながら。離れていく心に、どうしようもない無気力感に苛まれて。肩に掛けた銃の重みは、疲れを感じないアンデッドの体だというのに、自棄に重く。刃を仕込んだ靴は、自棄に重く。
そんな彼女の耳。埋め込まれた機器、改造された耳に走るノイズ音。
徐々に鮮明に。小さな虫、無数のそれが這い回るように、砂に呑まれていた何かが這い上がるように。声が浮かんで。
それは。機械音に似た。変換された声、抑揚の無い声。元は女性のものだろうか、それさえ怪しんでしまう声が。彼女の耳へと、何処かから届いて。
『――げ――早――』
彼女の胸に湧き上がる不快感――それは、彼女の耳へと届いた声の主、何処かから声を送る誰かもまた、同じようで。
「な、に、何なの、何――」
『急げ――早く。早く、――役に立たない木偶が――』
声は、理由も知れないままの彼女を責め立て。
「何を言ってるの、あなたは何なの……!」
『私は、お前の製作者――お前は、与えてやった姉妹一人さえ守れず……』
顔を歪め。確かに、その通りで。
『急げ、お前の姉妹の心が壊れる。何のために――お前たち二人に――』
「分からない、何、何処に居るの、アリスはどうなって……」
『もうすぐ、彼女はオラクル――辺りのものを壊すだけの、壊れるまで暴走し続けるESP兵器。うわごとを喚くだけの……低自我のアンデッドに成り果てる』
無線の向こう。ソロリティの理解が追いつく、その前に。彼女は。言葉を続けて。
『早くしろ、急げ、姉妹を――アリスを失いたくなければ――早く――』
声、走るノイズは、強く、強く。何処かで聞いた気がする音楽、言葉、悲鳴、心を軋ませる音……声を遮る何か、奇妙な、継ぎ接ぎだらけの音、音、音――彼女は。無線の向こうの彼女は。何と言ったか。
「何、何なの、ねえ、ねえ! 何なの! 答えて、ねえ! 答えろ! ねえ!」
どれだけ、ノイズへ声を投げても。機械の耳に手を当て、叫び、声を上げても。
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