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白犬と黒猫
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第一章

                          白犬と黒猫
 沖田総司は幼い頃にだ。こう母に言われた。
「黒猫は魂を持って行くものなんだよ」
「魂を?」
「そう、魂をね」
 人のそれをだ。持って行くというのだ。
「そうしたことをするんだよ」
「黒猫はそうなの」
「だから。若し死にそうな時に」 
 その時にだというのだ。
「黒猫が出て来たら」
「その人は死ぬの?」
「死ぬよ。ただね」
 母は幼い彼にだ。さらに話す。
「その猫を殺せば」
「それでいいの?」
「そう、そうすれば助かるんだよ」
「そうなんだ。その黒猫を殺せば」
「黒猫は魂を持って行くから」
 だからだというのだ。その魂を持って行く黒猫を殺せば魂を持って行かれない、それでその人は死なずに済むというのである。
「いいね。だからね」
「若し死にそうになったら」
「そこで黒猫を見たら」
「殺す」
「そうするんだよ」
 幼い頃に母に言われたことである。
 その話を聞いたのだった。彼はそれから成長し近藤勇の道場に出入りする様になりやがてその近藤や土方歳三と共に新撰組に入った。そこでだ。
 彼は恐ろしいまでの剣客として知られる様になった。その強さはまさに鬼であった。
 三段突きといった常識外れの技も使いだ。維新の志士達に恐れられた。
 この日彼は祇園で刀を抜いていた。だが相手は尊皇派の志士でも隊の裏切り者でもない。ただの町のゴロツキが相手だった。
 そのゴロツキにだ。彼は言うのだった。
「謝らないのかい?」
「手前、この俺を誰だと思ってるんだ」
 新撰組の服を着ている沖田に言う男は。
 大柄で肥満している。細く鋭い目は剣呑な光を放っている。肌は黒めで顔は膨れ上がっている。手は毛がなく贅肉が筋肉を包んでいる。
 男はその贅肉に覆われた大きな手に刀を持ち。沖田に言うのだった。
「平谷強一と知ってのことか」
「誰ですか、一体」 
 沖田は冷静に男の名乗りに応える。
「何処の藩の方でしょうか」
「この京のな、顔利きだ」
 自称である。つまりは町のゴロツキだ。正真正銘のだ。
「その俺に何言いやがる」
「そちらの方が嫌がっていましたので」
 見れば男の傍に若い娘がいる。男は娘にしきりに言い寄っていてだ。沖田に咎められたのです。
 それで沖田に対してだ。言い返したのである。
「そんなこと関係あるか。俺の邪魔をするな」
「無体は止められるべきです」
「うるせえ、そう言うんならな」
 男は新撰組より自分の方が強いと根拠なく思っていた。それでだ。
 抜いた刀を構えだ。沖田に挑んだ。
「手前を切ってでもな」
「仕方ありませんね。こうした人は放っておいてもよくありませんし」
 それならばだと。彼も言った。そして
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