3部分:第三章
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第三章
「ううむ、あ奴まことに色々なところを殴ってくれたわ」
「何発殴られたのですか?」
「数えておらんわ」
不機嫌な顔でまつに返す。
「そんなものはな」
「そしてあなたもですね」
「何発殴ったか覚えておらんわ」
「全く。もう将だというのに」
前田は出世していた。その才故にだ。
「それでも変わりませんか」
「悪いか」
「あなたらしいですが。そして」
「あ奴らしいか」
「全くです。何処までも傾かれるのですね」
「人間多少はそれ位でないと駄目じゃ」
傾奇についてはだ。前田はそこに自負があった。
その自負からだ。そのうえで言ったのである。
「そういうことじゃ」
「まあ。織田家はそういう家ですが」
「殿もそうであろう」
前田は自然にだ。彼等の主である信長の話もした。
「いや、殿こそはじゃ」
「天下一の傾奇者ですね」
「そうじゃ。わしやあ奴が幾ら傾いてもじゃ」
「殿には負けますか」
「殿はそうした意味でも一の人よ」
天下人という意味以外でもだというのだ。
「わしでは到底かなわぬ。しかしじゃ」
「あなたはあなたで、ですね」
「うむ、傾くわ」
不敵に笑ってだ。前田は己の女房に答えた。
「そして慶次には絶対に負けんわ」
「おそらく慶次殿も同じことを仰っていますよ」
「ははは、そうであろうな」
まつに言われてもだ。前田はその口を大きく開けて笑ってみせた。
「それなら受けて立とうぞ。わしも負けぬぞ・・・・・・うっ」
しかしだ。ここでだった。
前田は大きく開けたその口に鈍い痛みを感じて言葉を止めた。その夫にだ。まつはやれやれといった感じの呆れた顔を見せてだ。こう言ったのだった。
「全く。さっき派手にやり合ったばかりですよ」
「そういえば慶次の奴顎も殴ってきたな」
「それで口を大きく開いて笑われては痛いのも当たり前ですよ」
「痛いのう。しかしじゃ」
「傾き続けられるのですね」
「そうするぞ」
こう言ってだ。前田はつまに手当てを受けていた。この夫婦は尾張にいた頃から変わらない。
そして慶次もだ。それは同じでだ。
派手な喧嘩から数日後だ。まだ痛みが残る身体で京の都で遊びながらだ。周りにいる女達にこんなことを言っていた。
見れば女達に負けない位派手な服だ。赤に黄色に紫にとだ。悪趣味なまでに飾っている。
その服で乱暴に整えた茶筅髷でだ。こう言ったのである。
「さて。これからじゃ」
「これから?」
「これからっていうと?」
「何かあるんですか?」
「うむ。ちょっと遊んで来るわ」
こうだ。女達に飄々とした声で言ったのである。
「茶でな」
「茶?」
「茶で遊ぶ?」
「というと一体」
「どうやって遊ぶんですか?」
「勝負を挑まれたのじゃ」
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