§66 腐りきった果実の果て
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くない。
「ごめんねー、ちょっと恵那用事あるから」
これがナンパかー、などと思いながらそのままスルー。
「ねぇちょっと待ってよ! 恵那っていうの? いい名前だね」
そういって手を掴もうとする青年だが、恵那に触れることが出来ない。恵那は青年を見向きもしていないのに、彼の手から器用に逃げるのだ。するりと。自然に。あたかも風を人が掴めないかのように。手首を握ろうと手を伸ばせば、いつの間にかその手は隣に。肩に手を伸ばせば、その手は空を切り肩は更に前方へ。
「んー、ごめんね間に合っているから他当たって?」
恵那の微妙にズレた発言。たしかしつこい人間にはこういえばよかったはずだ、などと裕理の言葉を思い出してそのまま言ってみる。日本では巫女服を着ていると警察以外からは基本的に声はかけられないのだけれど。やはり文化の違いが原因なんだろうか。それにしても日本人みたいなナンパの仕方だ。黎斗の持っていたマンガの中の出来事だと思っていたけど、まさか現実に起こるとは。
「ちょっとちょっと!!」
この人しつこいなぁ。れーとさんどっかいないかなぁ。なんで本当に一人で走って出てきたんだろう、と一人で悩む恵那と必死に追いかけてくる青年。恵那が走って逃げようかどうしようか悩み始めた。
「それ以上そこの方に手を出すな」
「あぁ、もう! 今いいとこなんだよ邪魔すんな!」
憤慨する美青年の前に、二十代半ばの美男子が現れる。軽薄そうな笑みを湛え、スーツを綺麗に着こなしている様は二枚目の色男にしか見えない。恵那に声をかけていた青年からすれば、突然出てきて人の獲物を狙うクズにしか見えないのだろう。明らかに苛立ちを交えた声音と共に美男子を睨む。
「はぁ。……偉大なる王の従者に声をかけるとは。命知らずもここまで来ると英雄だな」
青年の態度など全く気にかけずに、呆れたかのように一言、次いで恵那に一礼をする。
「王の巫女よ。差し出がましい真似をして申し訳ありません」
「……誰?」
恵那の中で僅かに警戒感が首をもたげる。王、という言葉が出てきている以上、黎斗の事を知っている存在だろう。黎斗の妹を狙ったテロがあったばかり。ただでさえ忙しい黎斗の足をこれ以上引っ張ってなるものか。ひそかに臨戦態勢を整えつつも敵意が見えないことに困惑する。
「”小物の中でもマシな方”ことダヴィド・ビアンキと申します。巫女よ。貴方の王より「地図の魔人」という名を頂き忠誠を誓った末端として、記憶の片隅にでも留めておいていただければ望外の喜びであります」
「ダウ……え?」
あまりにもあんまりな名を喜ぶ男が、そこにいた。
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