蒼天に染めず染まらず黒の意志
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しゃなり、と静かな音が鳴った。
この大きな謁見の間の端で鳴るその音を合図に、部屋の中の空気が一段に冷え込んで行く。
コツ……コツ……と磨き上げられた靴が音を鳴らせば、一足ごとに精神の奥底までピンと張りつめざるを得ず。
しかして、一人の少女は微笑んで拳を包んだまま俯き緊張や畏れは無く、一人の覇王は不敵に笑ったまま臣下としてのカタチを崩さず。
その中心では、黒の男が少しばかりの緊張を浮かべて頭を下げていた。
白銀の髪の少女が高貴な衣服を身に着けるのは随分と久方のこと。久遠に戻る事は無いと思われた立ち位置と近しい所に、彼女は戻ってきた。
随分とまあ、変わるモノだ。
しゃんと伸びた背筋は自信を表し、穏やかな微笑みは暖かくとも厳しさを秘めても居る。
気弱と思うことなかれ。軽々しく思ったことを口にすることはなく、思考を積んだ上で不可避の線引きの中で判断し判別し、彼女は決断を下すのだ。
口から放たれる言葉の重さを、彼女は知っている。一時的とはいえ、覇王よりも上位に立っていたのだから。
その少女――――月は黒の隣で、優艶にも見える微笑みを浮かべて、真っ直ぐに玉座を見据えていた。
ゆっくりと腰を下ろした人物と目を合わせて、秋斗の心は少しばかり冷え入る。
十人に聞けば十人が美少女だと答えるようなその容姿は年の割に大人びて、纏う空気は華琳のそれと似て非なる。
大陸に唯一存在する人の頂点。天と名乗ることが許される人物――――皇帝劉協が、其処に居た。
「官渡での戦働きご苦労であった徐公明。黒麒麟の記憶を失ったと聞いておるから、そなたに洛陽の礼は伝えぬ。
楽にするがよいぞ。今更名を名乗れとも言わんし、此度の謁見は外には漏れることは無い。帰還した紅揚羽と曹孟徳子飼いの隠密で隠しておる故、そなたの素で話せ」
心配することは何も無いと示した上で、こちらの問いかけには全て答えて貰うという強要に等しい命令。
下らないモノを見据えるような瞳は冷たく、彼の黒瞳を穿ちぬく。
小さな少女にしては完成されている皇帝の所作に、秋斗は薄く口を引き裂いた。
「……ご恩情ありがたく頂戴致しまする。しかれども陛下の御前で言葉を崩すことは致せません。例え望まれようとも、内に持つ敬意を表さずしては陛下の御威光を貶めてしまいますゆえ」
ビシリと一線、彼は線引きを引いた。
為されることが当然の命令であれど反発は緩やかに。理を以って説くに足る事由として、あくまでコレは謁見なのだと示して見せる。
本来生まれ育った国が国だけに、彼は皇帝という最上位のモノに敬意を表すことだけは守りたいのだ。
象徴君主制の完成系を知っているからこそ、彼はこの場で言葉を崩す事も、友達や仲間のように話すことも絶対にしない、しては
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