貴方の背中に、I LOVE YOU (前編)
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徴だった。義衛門の家計も、次第に苦しくなっていた。家計簿に目を通していたタキは、義衛門の内状を察して承諾したが、サトは固く拒絶した。結局、タキは郷里に戻り、サトだけが、田村家に残る事になった。義衛門は出来る限りの金品を、タキに渡した。皆の目に大粒の涙が有った。「旦那様・奥様・静ちゃん、長い間、お世話に成りました。有難う御座いました」と言い残し、タキは田村家を後にした。寂しい・寂しいタキとの、別れであった。
暫くして、国内で物資の調達の任に当っていた正義の元に、フィリピンへの赴任の命令が来た。同時に正義は中尉に昇進した。赴任には時間の余裕が、全く無かった。田村家では、正義のフィリピン行の支度に追われた。そして、正義は部下と共にフィリピン行の輸送船に乗った。「天皇陛下、万歳。大日本帝国、万歳」皆が日の丸の小旗を振って、見送った。それが、静と正義の最後の別れに成った。静はお腹に、正義の子供を宿していた。
愛しき妻よ、これが最後の手紙になると思います。戦況は日本軍にとっては益々不利、今は命令に従い、この国の人々を無意味に殺戮する日々です。今日も、抵抗分子を一掃する名目で、ある街に火を付け、全壊させました。この国での、我が日本軍の悪行を隠す為でしょうか?自分はこの戦争に、大きな疑問を持っています。しかし自分には、その疑問に立ち向かう勇気がない。毎日毎日、無力な自分と、操り人形の如く過ぎていく自分に、苛立ちを感じます。早く、この悪行から逃げ出したい。日本に帰り、静の作った味噌汁を飲みたい。畳の上で、静の膝枕で、ぐっすり眠りたい。お腹にいる、自分達の赤子に会いたい。でも、それは叶わぬ願いです。多分、此処が自分の、最後の場所と思います。一番欲しい事は、平和です。赤子の名前は、男なら平、女なら和と、命名して下さい。今、自分は、お爺ちゃん・お婆ちゃん・タキさん・サトさんにも会いたいです。
田村静 殿へ
昭和十九年十月五日
大日本帝国 陸軍中尉
田村正義
ルソン島にて
静がこの手紙を受け取ったのは、年も明けた昭和二十年の正月だった。久しぶりの夫の手紙に、止めどなく落ちる涙を拭きもせず昼夜、何度も何度も読み返した。そして生れ来る赤子に、聞かせてやりたいかの様に、臨月の迫ったお腹の辺りに、大切に仕舞込んだ。
一月の下旬に政府より、田村正義の訃報の知らせが舞い込んだ。短い、短い夫婦の、終焉の知らせだった。そこには田村正義、死亡とだけ明記され、中尉の階級も記して無かった。まして、殉職とか殉死の文字は一切無く、遺骨や遺品の消息の記載も、無かった。正義の生還に微かな期待を持っていた静だが、その知らせを期に、生気を失った。その上、女中のサトが作った食事も、殆ど口にせず、お腹の赤子にも影響が出る程だった
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