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マルコムの好物
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第一章

                     マルコムの好物
「暴力肯定か?」
「それは違う」
 毛が赤いがそれでも肌は黒い。引き締まった背の高いアフリカ系の男が応えていた。
 顔立ちも精悍である。目の光も強い。黒いスーツが実によく似合っている。眼鏡は彼のその精悍さに知的さを加えるものになっていた。
 とかく攻撃的で妥協を知らない人物と言われていた。その彼の言葉だ。
「暴力は肯定しない」
「しかし君は実際にそんな行動を取っているぞ」
「発言もだ」
 彼と議論する者達はこう指摘するのだった。
「それでは暴力を肯定していると思われても仕方がない」
「そうではないのか」
「白人がそうした行動や発言だからだ」
 それでだというのである。その彼、マルコムエックスの言葉ではだ。
「だから私はだ」
「目には目をか」
「そういうことか」
「私は戦うだけだ」
 己を戦士ともいうのである。
「彼等とな」
 こうした人物であった。とかく攻撃的で過激な人物と思われていた。それで同じくアフリカ系の権利獲得の為に活動しているキング牧師とは正反対とみなされていた。それが彼の評価だった。
「近寄り難いな」
「ああ、非常に禁欲的だしな」
「自分にも他人にも厳しい」
「肥満も許さない」
 その肥満もだというのだった。彼のその激しさはそれにも向けられていたのだ。
「決してな」
「そういえば自分の組織の女性に肥満を許さないのだったな」
「時間を与えて強制的に痩せさせるとか」
「痩せなければ退会させるらしいしな」
「厳しいな、本当に」
「全くだ」
 そんな人物とみなされていた。実際に彼はそうだった。それにだ。
 彼はイスラム教徒であった。改宗してそうなったのだ。だから余計にそう見られるのだった。
 そんな彼だから一体何を楽しみにしているのか、周囲はいぶかしむのであった。そして何を食べているのかさえ疑問に思われていた。
「豚は食べないよな」
「イスラムだしな」
 まずはそれが否定された。
「白人が好きそうなのは食べそうにないな」
「じゃあ何を食べているんだ?」
「一体」
 そのことが疑問に思われるのだった。
「酒も飲まないしな」
「だからムスリムだからな」
「あんなに引き締まった身体をしているしな」
「何が趣味なんだ」
「好きな食べ物は何だ?」
 誰もが不思議に思うことだった。彼に人間味を感じない者が多かった。それで何が好きなのか、何を食べているのかを誰もが考えるのだった。
 そんな人間味を感じさせない彼だった。しかしだ。
 それでも彼は人間だ。それならばだった。
「やっぱり何か食べるよな」
「機械じゃない限りはな」
「やっぱり食べるな」
「当然な」
 これは周りもわかっていた。

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