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小松原源五郎教授の書斎
3部分:第三章
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じめて見た程であった。そこまで真剣な顔であったのだ。
「本が一番大事なんですか?教授にとっては」
「そう言われると」
 困った顔になった。
「確かに今まではそうだったよ」
 まずはこう答えた。
「けれど」
「けれど?」
「今はね」
 彼は述べた。
「それだけじゃない」
「それじゃあ」
「うん。何て言うかな」
 ちずるに目をやって静かな声で述べる。
「僕はね、今まで女性と付き合ったことがないんだ」
 まずは自分の身の上を語った。
「ずっとね。この歳になるまで本当になかったんだ」
「左様ですか」
「本ばかり読んでいたよ、本当に」
 元々そうした学者の家に生まれた。そしてその言葉通り本当に本ばかり読んでいたのだ。物心ついた頃から来る日も来る日も。本を開かない日はなかった。
 目が覚めれば本を読み、それから目を閉じて眠るまで本を読んできた。ずっとそうやって暮らしてきた。この三十年もの間ずっとそうやって暮らしてきた。それで三十で教授にまでなった。本が全てなのは本当だった。
「いつもね」
「それは知っておりますよ」
 ちずるは教授の言葉の後でそう言った。
「だから私も教授の側へ来られたんですから」
「私が本ばかり読んでいたからかい?」
「はい」
 彼女は言った。
「教授は。もう私と同じでしたから」
「本の世界の住人とか」
「そうです。けれどその本の世界の女が尋ねますよ」
「うん」
「教授は。今も本が一番大事なんですか?」
 真顔で問う。
「他には大事なものは。ないのですか?」
「じゃあ言うよ」
 教授も意を決した。まずはぐいと一杯飲む。
 ちずるはそこに注ぐ。それを受けてからまた口を開く。
「今は違うよ」
「違う」
「うん。確かに今だって本は大事さ」
 彼はまた言った。酒は飲んではいるが酔ってはいない。
「けれど。一番大事じゃない」
「すると一番大事なのは」
「わかってると思うけれど」
 そう言ってちずるを見やる。
「その本が巡り合わせてくれた女だよ」
「それでは」
「本当にこれも何かの縁なんだろう」
 教授はここでまた一杯飲んだ。
「御前と会ったのも。まずは巡り合わせてくれた本に一杯」
「おっと」
 また酒を注ぐ。それを一杯飲むとまた酒が注がれる。
「そして今度は」
「私に一杯」
「一番大事なね」
 今度の一杯は飲まない。そこにちずるの顔を映してきた。
「有り難うございます」
「けれどそう言わないと怒ったところなんだろう?」
「実家に帰らせてもらおうと思ってました」
「それは困るな」
「ですよね。それじゃあ」
「一杯やるかい?」
「いえ、私は」
 断った。どうやら酒は好きではないらしい。
「それじゃあ」
 教授はちずるを飲みながら一杯やっ
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