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小松原源五郎教授の書斎
2部分:第二章
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第二章

「また面妖な」
 本を閉じる。すると光の様に出て来た。
「ほら、言った通りでしょう?」
「ううむ」
「教授の目の前だけなんですけれど」
「じゃあ私が君の側で本を開けば君の姿が消えると」
「そうです」
「閉じれば君が出て来るのか。これはまた」
「おかしいですか?」
「おかしいって言うより変な話だよ」
 本を机の端に置いて言う。
「私と教授が一緒にいる時だけですから」
「ふむ」
「私が出たり消えたりするのは」
「じゃあ君は普通の生活はできるのか」
「はい」
 ちずるはまた頷いた。
「もう自然に」
「そうか」
「それで教授」
 ちずるは急に甘い声を出してきた。女学生特有のハリと色気が同時にある声だ。教授も男である。その声に心を動かされないと言えば嘘になる。
「何だい?」
「お話があるんですが」
 ちずるもしたたかである。わざわざ耳元で囁いてきた。どうやら彼女はその外見から出て来るイメージよりも男というものを知っているようだ。
「話って」
「一緒に住みませんか?」
「君とかい?」
「そうですよ」
 わざわざ媚惑な笑みも向けてきた。計算づくのようだ。
 教授もそれはわかっている。だが一人身でありそろそろ妻も欲しいかな、と思っていた頃だ。女は実は嫌いではない。乗ることにした。ちずるに顔を向ける。
「それじゃあ」
「いいんですか?」
「ちょっと待った」
 晴れやかな顔になったちずるを一旦止める。
「本当にいいんだね」
 まずは念を押した。
「勿論ですよ」
 ちずるは迷うことなく言葉を返す。
「ですから先生の前に出て来たんですよ」
「それじゃあわかってると思うけど」
 とにかく念を押す。
「僕の家は凄いよ」
「知ってますよ」
 ちずるも言葉を返す。彼女は明るい声だった。
「本だらけだって仰りたいんでしょ」
「そう」
 教授はそれを聞いて大きく頷いた。
「それはもう凄いものだけれど」
「ですから私は本の世界から来たんですよ」
「平気なのかい?」
「そこから来たのに平気も何もないじゃありませんか」
 笑ってこう言う。
「そうじゃないんですか?本は私にとって寝床みたいなものなんですよ」
「寝床か」
「ええ」
「それじゃあ大丈夫だね。けれどいいかい」
「何ですか?」
「周りからくれぐれも変とは思われないように。本の世界から来ただなんて」
「大丈夫ですよ、先生」
 ちずるは笑ってまた言った。
「本の世界から来たなんて誰が信じます?」
「しかしだね」
 教授はまずそれを心配していたのだ。何処から来たと言われて本から来た、ではあからさまにおかしい。そうなればちずるも自分も厄介なことになると思ったからだ。
「ここにいるって言えばいいじゃありませんか」
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