七話:狂気
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「まさか……あなたっ!?」
「そうだ。仲間も、父も兄も……そして妻も、私の愛する者全ては―――私が殺した」
絶句するプレシアをよそにヴィクトルは狂ったように冷たく甲高い笑い声を上げる。彼女は自身の血が凍ったような感覚に陥る。彼の笑い声は酷く愉快で、酷く悲しく、それでいて泣き叫んでいるように聞こえる不気味な物だった。だからこそ、彼の心を如実に表していた。そこで、彼女は初めて自分以上の狂気を感じて幾分かの正気を取り戻す。
「私は皆を愛していた……いや、今もまだ愛している。だからこそ、娘を守るのに邪魔だった仲間と父と兄を憎悪し、殺した!」
血を吐く様な叫びにプレシアの肩がビクリと震える。目の前に立つ彼が心底恐ろしかった。仮面を取り外した彼の素顔は紛れもない―――化け物だった。自分では到底なれない、なりたくもない本当の意味で人が壊れた姿だった。
己の全てが否定され、さらに何とか立ち直った所で再び絶望の底に叩き落とされた人間。彼女は自分がこうはならなかったのは彼よりも僅かなりに心が強かったからだと考える。だが、一歩踏み外せば瞬く間に自分もこの男と同じ存在へと成り果てるだろうと思わずにはいられなかった。
「プレシア、あなたはまだ間に合う。踏みとどまれる。……私のようにはなるな」
まるで、自分の考えを見透かしたかのような警告の言葉にプレシアは不意を突かれてぎこちなく頷いてしまう。それを見たヴィクトルはこれで用は終わったとばかりに背を向けて部屋から出て行く。プレシアはその背中が見えなくなった後も茫然と眺めていたが、やがてボソリと呟いた。
「今更……どうしろって言うのよ。本当にあの子を愛しているのだとしてもどうしろっていうのよ。私にはもう………」
彼女の呟きは誰にも届くことなく静寂の中へと消えていくだけだった。
一方のヴィクトルは冷たく薄暗い回路を足早に歩いていたが突如として蹲り、口を押えて咳き込み始める。しばらくの間、回路には苦しげな声が響き渡っていたがやがてそれも鳴りやむ。咳が止まった後に彼が口を押えていた手を離して見てみるとその手には赤黒い液体がベットリと付着していた。
「ふふふ……フル骸殻を使った影響か。分かっていたことだが、どうやら私もそう長くはないらしいな。だが……その前に何としてでもフェイトとの約束を果たさねば」
ヴィクトルはそう呟くと少しふらつきながら立ち上がり再び歩き始める。動き始めた歯車は壊れかけの時計を動かし続けることだろう。例え―――時計が完全に壊れるとしても。
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